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一般的プレゼント調査





タイムリミットまで残り少ない彼らが頼るべきものと言えば、真っ先に思いつくものがこ
れだ。
「えーっと…クリスマスのプレゼントランキング…やっぱ上位は装飾品だろ?これで決ま
り!」
「兄さん数万するペアリング見てたでしょ」
兄はパソコンで一般的なプレゼントを調査していた。俗に言うネットサーフィンである。
それに変わって男物の雑誌をめくっていたアルフォンスが、画面も見ずにエドワードが何
を見ているかあててみせた。ぎくりとこっそりウィンドウを閉じながら、エドワードはむ
ううぅと唸る。
「他にもあるじゃない、もっと安いのが。それにそんなの早すぎ」
「だよなー。早すぎ早すぎ」
日本では結婚できないって分かってます?と思いながら、兄に似合いそうな服を考えるア
ルフォンスである。雑誌に載っている服などとてもとてもお小遣いでそろえられるわけが
ないが、似たようなものを安い店で見つくろえるかもしれない。あと、兄と自分の服をい
くつか重ねて、できる組み合わせをソファにいくつか広げながら、はぁ、とアルフォンス
はこれからの受難を思った。
「欲しいものとか聞いてないの?」
「全然」
「クリスマスまでに会う予定は?」
「一応明日にちょっとだけ幼稚園見に行こうかと」
見るだけ、というエドワードはどこか楽しそうである。ストーカーか危ない思考の人だと
勘違いされないようにね、と注意しながら、エドワードが今度は男性もののペンダントを
眺めているのを見る。
「大体、いつもはどんな格好して会いに行ってるんだよ」
「制服。無難だろ?」
「…無難だね」
中高生のいいところは着る服に迷ったら制服で行けばそれとなく誤魔化せることである。
むしろ、普段制服を着ているせいで普段着を組み合わせるほうが面倒くさい。
「服か…ランキングにもパジャマとかボクサーパンツとか入ってるよ」
「ぱ、パンツッ!?」
「ちょっ兄さんッ!鼻血噴いてる!」
鮮血に染まっていくエドワードの衣服。その顔に何枚かティッシュを押しつけながらアル
フォンスは、こんなので大丈夫かな、と不安になる。心がすり減りそうな漫画が好きなわ
りには兄はどうも情緒の発達が著しく遅いどころか、全くのうぶなのである。
「それってつまり俺が勝負パンツプレゼントするってことか!?」
「頼むから普通のにしてね」
股間部分に角の絵が描かれていたらたまったものではない。むしろ肉体関係を持ってもらっ
ては困るのだ。友達のようなお付き合いのうちにそれなりにつきあい、それなりに別れて
欲しいのがアルフォンスの本音であった。
「…そ、そうだな…俺の趣味じゃな…いちご柄とか普通のにしないとな」
それもどうかと。
「パジャマいいなって思ったけど、サイズわかんねぇよ」
「背はどれくらい?痩せてる?」
「細身。…身長は…俺よりは高い!」
「アバウトすぎ。じゃあ今度聞いてきてよ」
この辺が顔!という兄に、それじゃわかんないよ、と返しながら、本当に大丈夫だろうか、
と心配になる。だが手伝うと言った以上、なんとか兄を普通の人間に仕立てなければなら
ない。いっそばれたほうが楽なのにな、とアルフォンスは、また楽しそうにネットサーフィ
ンの波に乗ってパジャマの柄はひよこ柄〜と歌っているその後ろ姿に脱力した。


エドワードの恋人の彼が働いている幼稚園は二つほど隣の駅で、広域避難場所に指定され
ている規模の大きな公園の近くである。園児たちはよくその公園に連れて行かれ、広い運
動場や整備された芝生の上を転げまわるのである。そんな子供たちの中で、一緒に追いか
けっこをしたり馬をやったり、指先が器用なので花のかんむりを編んだりと、大人気の先
生がエドワードの交際中の男性である。
「ロイせんせーかたぐるまー!」
「順番ね。君はさっき乗ったばかりだろ」
よいしょっと今度は女の子を肩に乗せながら、ロイ先生は腰に間と回りついてくる子供た
ち一人一人の相手をする。今は彼の担当するひまわり組が園内屋外運動の時間なのである。
別に何をするかは基本的に決まっていないのと、ロイ自身好きなことをやらせるのがいち
ばんと考えているので、何か危ないことをしようとしていないか見守るだけの時間である。
「あっこら!泥団子は食べられないの。そこの君!女の子のスカートの中に興味を持つの
は10年はやいぞ!」
じゃあ10年たったらめくっていいのかよ、というそばかすの男の子に、中身をみる前にビ
ンタが飛んでくるぞ、それをよけられる練習をしとけ、と返す幼稚園教師はいささかずれ
ている気がしないでもないが、エドワード自身も少し回りからずれているので、ちょうど
よく緩和できているようなのである。こそこそと木の陰から先生やばっやばっとハイテン
ションでそれを覗いている高校生の危ない視線には気づかず、ロイはビンタを避けたりブ
ロックする練習に付き合っている。
「あいたっロイせんせいずるいっ今のはよけらんなかった!」
「じゃあブロックしないとな。10年後の女の子はもっと手強いぞ」
「もうむりっ!ロイせんせいのハゲ!」
「ハゲてません。あいたたたっ!」
肩車されていた女の子がロイの毛髪をひっぱって確認する。
「せんせーハゲてないよー!」
「ひ、ひっぱったらハゲちゃうよ」
あ、そっか!と納得する少女を下ろしてやると、ビンタ避け練習をしていた少年がすかさ
ずそのスカートをばっとまくりあげた。ロイが注意する前に、こら待てビンタしてやる
ーっ!と追いかける少女のほうが強い。あの子のほうがたくましく育ちそうだな、とロイ
は一人笑った。
「あっエドにーちゃんだぁっ!」
木々に隠れていたエドワードに、逃げていた男の子が気づいて叫ぶ。ぎくっと肩をこわば
らせるエドワードは、さらにその後ろから追いかけてくる少女の猛抗に飛び上がった。こ
らビンターッ!と平手どころか体当たりをかました彼女のせいで男の子が地面に押し倒さ
れ、馬なりになる。
「びえええぇっロイぜんぜーッ!」
「はいはい。…おや」
別の子の相手をしていたロイがこちらにやってきて、ついにエドワードは見つかってしまっ
た。
「こ、こんちわ!」
「やあ。…ああはいはい。泣かない泣かない」
素直にどいた女の子と男の子を立ち上がらせ、かがみこんで怪我はないか確認するロイ。
幸いなことに大した怪我はしていなかったので、その柔らかい髪を優しく撫でてやる。
「大丈夫なんにもなってないから。君もやりすぎはよくないぞ、男の病気みたいなものだ
から、ビンタぐらいで許してあげなさい」
のしかかってはいけないよ、と言われ、女の子も私悪くないのに、と思いつつやりすぎた
と反省したのか、ぎゅっといじらしくロイの袖をつかむ。どうやらこんなに小さくても、
男を見る目があるようである。エドワードはつい嫉妬しそうになるのをいけないいけない、
と打ち消した。
「男の病気って、ロイせんせいもスカートめくりしたの?」
「昔はね」
「ビンタもらったの?今はしないの?」
「きっつうぅいのをもらったよ。だから今はしません」
君もほどほどにすること、とこん、と拳で男の子の額をついてやり、はい、ごめんなさい。
と二人に互いに向かって頭を下げさせる。はい両成敗。これで終わり!遊んでおいで、と
ロイはその子たちを送り出した。おわりおわりー!と言いながら駆け出していく彼らを見
送り、ロイは騒がしくてすまないね、と今度こそエドワードに笑いかけた。
「入ってきなよ。子供たちも喜ぶから。…ああまた」
別のところであがった盛大な泣き声に、ロイが走っていく。大変そうだなーと思いながら
エドワードは柵を乗り越えた。ここでは子供たちが笑顔で出迎えてくれる。エドにーちゃ
んだー!と突っ込んでくる子供たちを受け止めながら、また泣いている子供をあやしてい
るロイの姿に、エドワードはどこかほっとするのだった。


しかし、子供は意外と、小さな視点から様々なものを見ているものである。
「このまえなー、とーちゃんかーちゃんが裸で寝てたんよー」
「えーなんでなんでー!」
「うーん、なんで裸なのって聞いたらさー、裸で寝ることもあるのよってさー」
「大人ってよくわかんないねー」
「ねー」
おいなにやってんだよ、とエドワードは一人冷や汗をかく。エドにーちゃんはやく歩けよ
ー、と手綱のように三つ編みをひっぱられ、振り落とすぞこら、と暴れ馬を演じていると、
そこにやっとロイが戻ってきた。
「あ、ロイせんせー、ききたいことがあるのー」
「なんだい?」
ロイの手前、なぜか馬をやるのが恥ずかしくなって、エドワードはそろそろ降りろ、と男
の子に言った。だがもっとうまやってー!と子供は聞かない。
そいつをうまく手なずけ、逆に手綱代わりに赤白帽のゴム紐をびちびちやってやる。のび
きっているのであまり痛くなく、肌を叩く感触が面白いのかぎゃはぎゃは笑っている子供
に安心しながら、質問されるロイの方に聞き耳を立てた。
「大人って裸で寝るのー?ロイせんせーも裸で寝る?」
「えぇ?うーん、夏の熱いときはねー」
「冬なのにお父さんたち裸だったよ!」
「きっと二人で寝てたから熱くなっちゃったんだねー」
ロイ先生のスルースキルも半端なかった。でも俺もいつか先生と、と考えたエドワードが
ぶっと鼻を押さえた。ぴちぴちっと少量の血液が飛び散った園児が、うわあああロイせん
せー!と悲鳴をあげる。
「え、エドワード君!大丈夫かい?」
つい園児にするようにエプロンのポケットから取り出したティッシュをエドワードの顔に
押し当てるロイ。さらにぶしゅっと血が噴き出し、きゃあきゃあと子供たちも騒ぎ始めた。
「だ、だいじょぶ…ただの鼻血…」
「すごい出血だぞ!」
ちょうど時間になり、園児たちを教室に入れて、エドワードはちょっと保健室で休んでま
す、ととぼとぼとロイのいる部屋から遠ざかった。あうー、と鼻を押さえながら歩いてい
ると、一人の男の子が頭を隠してもぞもぞと、ロッカーの中に隠れようとしていた。
「なにしてんだ?」
「…」
どうやら完璧に隠れたつもりらしい。ロイ先生の組みの子なら、連れていかなければなら
ないだろう。ぽんぽん、とその尻を叩いてやると、びくっと見つかったことを察知し、ず
るずると小さな身体が這い出てきた。
「…もうお部屋に戻る時間だぞー。先生も探してるぞー」
「……すぐいくもん」
そうしてまた潜り込もうとするその柔らかい身体をむんずとエドワードがつかむ。
「今戻らなきゃだめだっての」
「やーだー!」
「ロイ先生を困らせちゃだめだぞ」
ほれ、一緒に行くから。と鼻にティッシュを詰めたエドワードがその子を抱き上げる。エ
ドワードに抱っこされ、指をくわえていたその男の子は、しばらくうつむいていたがつい
にひしっと抱きついてきた。
「どうした、怖いものでもいたか?」
ぶんぶん、と首を振る。じゃあどうした、と聞くと、エドワードの肩に寄り添ったまま、
男の子は言った。
「お父さんと二人なの」
「ん?」
「クリスマス…サンタさん、お母さんつれてきてくれないかなぁ」
良く見ればスモッグのポケットには押し込まれた手紙が見えた。そういえばこの前、サン
タさんにプレゼントのお願いをしよう、と手紙を皆で書いたのだとロイが言っていたよう
な。おそらくその中身には、お母さんに会いたいと書かれているのだろう。残念ながらエ
ドワードは、離れている父親に対してあまり寂しさを感じたことはないが、やはり母親が
近くにいないほうが堪えるのだな、と妙に納得してしまった。昔はエドワードの母親も、
家で子供たちの帰りを穏やかに待っている人だった。今ではまた働き盛りのキャリアウー
マンに返り咲いているのも、元気な証拠である。
「きっとつれてきてくれるさ。でも、なんでロッカーに入ってたんだ?」
「これお父さん見たらかわいそうでしょ、ぼくお父さんも好きだもん」
母親が近くにいられない理由は詳しくは分からなかったが、この子が今たった一人の父を
大事にしているのはよく分かった。そのために、サンタさんには確実に届くけれど、父親
の目には触れない場所を探していたのだ。
「ロイ先生に頼んでみな。実は先生は昔サンタさんだったんだぞー」
昔ロイが街角でサンタの衣装を着てアルバイトしていた話を思い出して、エドワードはそ
う教えてやった。ロイなら子供に気づかれることなく、その手紙をこっそり母親に届ける
ことができるかもしれない。
どうか願いが叶いますように。
「えっほんと!?」
「そう!今はいい子を探す調査員なのだー!」
行くぞー!と男の子を肩車し、エドワードは教室へと戻る。一番大事なプレゼントは、やっ
ぱりこれしかないんだと、エドワードは笑いながら贈り物を決めたのだった。


「というわけでプレゼントは俺にすることにした」
そして兄の大胆発言に、弟がまた頭を抱えるのも、仕方のない話である。


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