14

夏もあと少し Lingering summer heat



近くの商店街で縁日があるということを小耳に挟んだので、ロイと一緒に出かけることにし
た。俺がこっそり学校のモデル用の浴衣を借りておいたのだが、本人はそんなことは露ほど
知らず、俺がやってやった帯の先っぽを興味深そうに弄くっている。日本男児がどうとか言
うわりには浴衣を着たことがなかったらしい。今度ふんどしでも履かせてみようかとも思う。
「縁日って初めてだ…っ」
そういいながらぱたぱたと団扇で夕方の温い空気をかき回している。顔だけ見れば実年齢か
らほど遠いその男は、俺といると精神年齢まで下がるようだ。この前会社の同僚にあったと
きは普通にかっこいいなぁと思ったけれども、家に帰ればちょっと大人になりすぎた甘えん
坊である。少し頼りないところもあるけれど、立派な大人で、でもやっぱり無邪気な人であ
る。
まあどんなところも好きですけど、とエドワードはうきうきを隠さないロイの背筋をつうっ
となぞった。
「ぎゃっ!」
「浴衣は姿勢が肝心。背中曲がってるぜ」
俺のとなりに立つならしゃんとしてくんねーと!と笑うと、そうだな、とロイはきびきびと
歩き出した。それでは早すぎである。そうこの人は、仕方ない人なのだ。そんなことはつき
あう前から分かっていたことだが、エドワードはこっそり小さく息ははいて、苦笑した。
「見ろエドワード!あれはなんだ?」
「綿飴だろ。知らねーの?」
「知らない。始めて見た!」
じーっと綿飴製造機の前にはりつくロイに屋台のお兄さんが少し引いているので、俺はロイ
を引き剥がし綿飴一つ、と申し訳なさそうに頼んだ。
「ほら」
「ありがとう」
戦隊もののビニールに包まれた袋を持つロイはどこか幼くて可愛かった。ちまちまとゴムを
外し、中からあの特有な白い雲を取り出してほえーと眺めている。
「これ食べられるのか?」
「食べ物だもん」
最初の一口はロイに食べてほしくて、俺ははやく食えと彼を促した。ロイは恐る恐る白い塊
に口を付けた。
「むっ」
「おいしい?」
こくこくと頷き、夢中で食べ始めるロイにおい一人で全部食うなよ!と綿飴争奪戦が繰り広
げられ始めた。結局ロイがもうひとつ俺の分を買ってきてことを収めることになる。因みに
最初のものはほとんどロイの胃に収容されてしまった。
これは俺の分だからな、と一人で綿飴を食していると、ロイがじーっと反対側の屋台を眺め
ているのに気がついた。視線の先には水飴をおじさんが宣伝していた。お次はあれらしい。
「ちょっとこれもってな。買ってきてやるから」
食うなよ、とだけ釘を指す。いいよ自分で買ってくるから、というロイが財布を取り出す。
俺はそれをひったくって、水飴一つ分の小銭を取り出した。
「エドワード、お金が」
「一つ分でいいんだよ」
任せとけ。と不敵に笑うエドワードに連れていかれるままロイは列に並んだ。前の方で店の
人と客がじゃんけんをしている。一体どういうものなのだろう、とロイは興味津津で右に左
に首を伸ばしていた。
「おっちゃん!勝負をいどむぜ!」
ついにいちばん前、エドワードの順番がきた。一体何が起こるのだ、とわくわくしながら成
り行きを見守る。
「おう!どんとこいだ!」
ロイが立てかけられた木札を見ると、勝ち二本、負け、あいこ一本、と力強い字体で書かれ
ている。エドワードはどうやら、一本分の料金で二本せしめる予定のようだ。
「大丈夫。俺が勝つから」
こっそりロイに耳打ちして、エドワードは浴衣の袖をめくりあげた。
「「さいしょはぐーっじゃんけんぽん!」」
ロイは息を飲んだ。魔法がおこったのだ。親父はぐー、エドワードは、パーだ。
「うっしゃ!二本もらうぜっ」
「くっそー持ってけ小僧っ」
かくして無事二本の水飴を手に入れることができた。アイスクリーム用のコーンにエドワー
ドは赤い色の、ロイはは青い色の水飴をいれ、その上を缶詰めの蜜柑とさくらんぼでトッピ
ングする。はやくしないとしたからたれてくっから食え、とロイを促すエドワードの顔は誇
らしげであった。
「どうして勝てたんだね?」
「そりゃ、魔法使いだからな」
適当なことを言ってはぐらかすエドワードに苦笑するロイが次に金魚すくいに目をとめた。
もぐもぐと水飴コーンを咀嚼しながらエドワードが、次はあれやるか、と声をかけるとロイ
もにっこりと微笑んだ。
金魚すくいは遊びなら100円でできる。二人は金を払ってそれぞれのポイを握った。
「エドワード!この金魚変な顔だぞ!」
嬉々としてその金魚を追いかけ回すロイ。エドワードははあーとため息をつきながらはい一
匹めーと椀にぽいっと金魚を投げ入れた。水にどっぷりとポイをつけてしまっている。下か
ら掬いあげるようにその大きな金魚を捕まえようとしたロイだが。
「あっ!」
案の定、さっさと紙を破ってしまったようである。
「…うー」
「しょっぱなからんなでかいデメキン狙うからだぞ」
しゅん、と打ちひしがれているロイを隣の小学生たちが笑っている。それがおかしくてエド
ワードもくすくす笑った。
「まあ見てなって」
ほいっうりゃっとおっとエドワードは次々と金魚たちを捕獲していく。その鮮やかな手際と
いったら。ロイと小学生たちもほーと見とれるほどであった。30匹を軽く越えてもポイが破
けないのだ。ほれっこのっえいっとはいはいはいっとーと謎のかけ声とともに金魚たちが減っ
ていく。最後にロイが追いかけ回していた生きのいいデメキンをぽいっと三個目の椀にいれ
たとき、ついにびりっと紙が引き裂かれた。
「すごいエドワード!ほんとすごかった!」
金魚を返して、また遊んでくれよーというその声に手を振りながら、ロイはすごいすごいと
大はしゃぎしていた。どうしたらそんなふうにできるんだ、というので、水面でじっとして
る奴を狙うんだよ、と教えてやる。あと尻尾で叩かれて破けないように、やってくる金魚を
待ちうけるのがコツらしい。水圧もそれなりに関係がある。しかしこういうものは理屈では
ないのだ。しばらくして、空腹のままに焼きそばやたこ焼きに手を出しているとエドワード
があっと声をあげた。向こうにまたお目当ての屋台を発見したのだ。
「チョコバナナあるーっおれちょっといってくんな!」
「まだ食うのか」
「とーぜん!」
また二本勝ち取ってくっからー、という言葉に違わずエドワードが両手にチョコレートがけ
のバナナを握って帰ってきた。デザートだなー、とはむっと咥え込むエドワードを見て、ロ
イがぶっと吹き出した。げほげほげほっとようやく飲み込みつつあった焼きそばが鼻の穴か
ら出てきそうで痛い。涙の目のロイに何やってんだよ、と背中をさすってやりながら、一体
何が起こったのかと首をかしげる。
むせこんだロイは、つい先日のことを思いだしていた。その、あれである。エドワードと違っ
て経験も知識も乏しいロイは、今までに何度か強いられたその行為を、未だに認められない
のである。だが身体はもちろん正直だ。してもらったら気持ちがいいし、少し抵抗があった
が今では自分がエドワードにすることもある。そのときのことをバナナというアイテムによっ
て鮮明に思いだしてしまったロイは、思わずじっと苦々しい顔でエドワードの持つもう一本
を眺めていた。
「…ははーん」
そんなロイの思考回路など、エドワードにはお見通しである。ぺろっと舌を伸ばしてチョコ
レートの舐め取ると、明らかにロイが動揺したのが分かって、喉の奥で笑う。
「なに想像したのかな?ねーえ?」
「べ、別に何も」
「知ってんだかんなーあんたがむっつりだってことはー」
何ならその辺の路地裏でやってあげようか?というエドワードにぶんぶんと首を横にふる。
いいんだよ俺は本番しちゃっても、とロイに迫り来る危機。ろーいー、という声に押されて
たじたじと後じさり、とんと背中が屋台の鉄の柱にあたる。
「か、勘弁してくれ!」
「どうしよっかなー…。………あっ!」
突如エドワードが高い声を上げ、ロイはびくっと飛び上がった。だがエドワードときたら、
ロイを押しのけ射的の景品に身を乗り出している。どうやら興味が別に写ったらしい。助かっ
たと思いつつも、何かが納得いかない、と複雑な心情で、ロイは何を見てるんだい、と声を
かけた。
「やっぱり!」
ちょっと、がんばって俺を支えて、とエドワードはロイの肩をむんずと掴むと背中にのしか
かった。どうやら高いところの景品を間近で見たいようだ。良く見れば他に集まっている少
年たちも、エドワードが見つめている方向に釘付けである。
「新作の超スーパーウルトラ3Dタイプのクリムゾンブラック!ずっと欲しかったんだよな
ー!」
おっちゃん俺やるー!とエドワードが代金をはらってコルク栓式銃を構える。ロイそのまま
足抑えてろよー!というエドワードにお兄ちゃんずるいー!と野次が飛ぶ。ロイに支え
られて身長のハンデを克服し、なるべく近い位置まで身を乗り出したのだ。うっせえとった
もんがちだ!と叫び返しながらエドワードが、引鉄に指をかけた。
「俺が当てるぜっ!」


「見事に全部外れたな」
ずーんと沈んでいるエドワードに、ぽん、とロイが肩に手を置いた。ずるするからだぞ、と
たしなめる。
「ちくしょー…」
「あれが欲しいのか」
今もたくさんの子供たちが狙っている高いところの小さな箱を見上げた。他の子供たちも一
生懸命斜めに一番上を狙っているが、一発もあたった様子もなく、ゲーム機の箱は悠然とそ
こに立ったままであった。
「うん…でもロイには無理だしなー」
「すみません5発で」
「ちょまっ話きいてた!?」
エドワードが止める間もなく、がしゃっとロイが銃を構える。ぱんっと一発軽い音が響いた。
ぼぐっと嫌な音とともにぽとっとゲーム機の箱が落ちた。反対側に。そのままするすると滑
り落ちてきて、屋台の中年の男が思わずあんぐりと口をあけた。
「…お、お兄さんおめでとー!すごいじゃないか」
「うむ」
きゅっと次のコルク弾をはめながら、ロイがうなづく。
「あと4発であのうさちゃんももらおう」
「はん!できるかな!」
そう簡単にとられては商売あがったりである。しかも、ロイが狙うのは的はでかいがその分
安定性が抜群の大きな縫いぐるみである。がしゃん!と構える姿に、回りの子供たちやその
母親や通りすがりの女子学生がなんだなんだと覗いてくる。エドワードもどきどきしながら
ロイを見守った。
ぱんぱんぱんぱん!
どさっ!
早業であった。余りの銃を使って装填時間をカットし、勢いでうさぎのぬいぐるみを打ち落
とした。胸、胴体、急所に次々と撃ち込んで、完全にうさぎの息の根を止める射撃であった。
煙も出てないのにふっと息を吹きかけ、ロイが得意げに胸をはった。
「銃を一つしか使ってはいけないというルールはないようだな。それもいただくよ」
ロイはがしゃん、と銃を下ろして、にやりと笑った。店主だけが信じられない、こんなの反
則だーっと泣きながらロイにうさぎを押しつけた。
後から本人に聞いた話だが、小さい頃西部劇にあこがれて手作りのパチンコで的を狙って遊
んでいたらしい。パチンコとコルク栓式銃は大分違うと思うが、何はともあれ結果オーライ
なのだった。
「ありがとうロイっあんた射的だけは超うめーじゃん!」
ちょっとずるっぽかったけど。とエドワードは大きなうさぎとゲーム機を抱きしめながら言っ
た。おっちゃん半泣きだったよ、と。
「うさちゃんもかわいいしな」
ロイは満足そうに帰りにまた買った綿飴を食べながら言った。
「前世は軍人か狩りの名人だったんじゃね?」
「ふふふ」
嬉しそうに綿飴にべたべたと口を突っ込みながら笑うロイ。私にもうさちゃんを抱かせろ、
と言うので口拭いてからな、とハンカチを押し付けながら言った。一緒にいて世話のかかる
大人だが、すごく可愛くてほうっておけなくて、これからもそばにいたい。そばにいてあげ
たい。そんな風に思っていたけど。
「今日は、ちょっとだけ見直したぜ」
見直したっていうか、見惚れたっていうか。銃を構えて獲物を狙うロイが少し、格好良かっ
たのだ。たとえそれがゲーム機でも、この可愛らしいうさぎさんでもだ。
ご褒美、と甘いくちびるにキスすると、ぼんっと爆発した。まだまだ経験値の足りない恋人
と、どんなに時間がたっても、どんなに回りが、互いが変わっても、いつまでもこうしてい
たい。指を絡ませ合いながら、二人で笑う夏の夜。それももう、あと少しで過ぎてゆく。二
人に秋を運ぶ夜風が、かわりに夏の名残を攫っていった。



end

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