11

弟はいないから、入って。と促されて、ロイは一カ月ぶりに、エドワードのアパートに足を
踏み入れた。とりあえず、シャワーだな、とロイの格好に笑い、着替えとタオルを差し出し
た。
二人交代で浴室を使うことにしたが、なんなら、一緒に入ろうか?と慣れた様子で誘ってく
るエドワードにどぎまぎしながら今日はいい!とばたんと扉を閉めた。そんな彼にエドワー
ドは、今日はってことは、いつかは一緒に入ってくれるわけね、とくすくす笑った。
ロイがきているのは、この前と同じ弟の服、かと思いきや、ちょっと小さいけど我慢してく
れな、と渡された、この前と同じようなのびきったTシャツとスウェットだった。これはこの
前のバンドの奴が泊ったとき置いてったやつ、ロイさんと背同じくらいだったから、たぶん
大丈夫。というエドワードの言葉通り、サイズはほとんどぴったりだった。
二人はベッドに腰かけた。ロイは髪を洗ってしまったので、今はエドワードが切ってくれた
前髪を下ろしていた。それは魔法の証拠であった。
しかし、エドワードは先ほどの会話などまるでなかったかのように、何も言わずぶらぶらと
足を持てあましている。
「あー…その…」
ロイはぽりぽりと頬を掻いて、何を言うべきか必死で考えた。だが、言いたいことはあらか
たさっき言ってしまったのだ。なんにもないな、と自分のボキャブラリーと話題のなさに落
ち込んだ。少しは変われたと思っていたのに。そんな彼の様子をしばらく見つめてから、エ
ドワードがようやくロイのほうに顔をむけて、そして、ゆっくりとほほ笑んだ。
「…さっきの言葉、すごく、嬉しかった」
男の人に、あんなふうに優しく抱きしめられたの初めてだ、とエドワードはぽつりと呟く。
「いいの?俺、おかしいんだよ?俺と付き合っても未来なんかないって、分かってるで
しょ?」
ああ、とロイは安心した。エドワードも同じ気持ちでいてくれたのだ。それでも、ロイのこ
とを思うからこそ、こうして踏みとどまらせようともしてくれる。優しい子なのだ。
ああそうだ。あの夜だって、玄関の前で、自分を思いとどまらせようとしたのだ。怖くてた
まらなかっただろう。自分も好きならなおさら、相手に、どう思われるだろうかと、揺れて
いたのだ。そんな彼を笑い飛ばすように、ロイは明るく言った。
「何言ってるんだ。この世に同性愛者はたくさんいるんだぞ。調査済みだ!」
エドワードが驚いて目を見開いた。ロイは持ってきた鞄をがさがさとひっかきまわして、ほ
ら!と書類を取り出した。
「あと、同性結婚が認められている国のリストだ。君がそんなに気になるというなら、外国
に行こう。金はあるぞ!」
ロイがばん、と資料を叩いた。そして、得意げに笑ってみせる。
「………ほんっと…馬っ鹿だなぁおいっ!」
あっははははは!と笑いだすエドワードに、なっ私は頑張って調べたんだぞ、と憤慨しなが
ら、彼の目尻に浮かんでいる涙に気づいて、ロイは眉をよせて、苦々しくほほ笑んだ。
「…知りたい?」
笑い終わったエドワードが、聞こえるか聞こえないかの声で、ロイに尋ねた。
「何を?」
エドワードが、ゆっくりとロイの肩によりかかってくる。その小さな重みが心地よい。
「俺が、どうしてこうなっちゃったか…知りたい?」
ロイは一言、こう答えた。
「君が、話したいなら」
エドワードは、それに頷く。
「うん…知ってほしい。話したい」
そう、小さな声で穏やかに言った、エドワードの掌に、ロイは自分のそれを重ねた。


「…俺、中高は男子校にいたんだけどさ、中二のときかな、一個上の先輩にさ、お前かわい
ーなって、キスされたんだ」
それは戯れ。しかし、思春期には絶大な影響だった。
「それからかな…男にしか目がいかなくて、まわりの奴が女の話しててもエロ本見せられて
もなんも興味?わかなくって…でもそんなこと言えねぇし、誰にも話せなくってさ」
自分はおかしいんだ、ってずっと思ってたんだ。
エドワードはぽつりぽつりと話した。少し途切れがちになるところもあったし、しばらく黙っ
ていることもあったけれど、最後まで、きちんとロイに伝えた。いままでの自分のことを。
自分が歩んできた、まだ振り返っても大して長くない道のりのことを。
「高校んとき、俺も学校の外でウィンリィたちと一緒にバンドやってたんだけどさ…一緒に
組んでた大学生の先輩に声かけられたんだ。それで、その人と付き合い始めた」
俺のはじめての人、とエドワードは言った。彼は、自分の性癖に悩むエドワードの話を親身
になって聞いてくれたようだ。そして、小さな彼と身体を重ねた。はじめてのときは16だっ
た、とエドワードは囁くような声で言った。
「でもたぶん…その人発散できれば、男でも女でも良かったんだろうな…つきあって一年ぐ
らいしたらさ、こっちの予定とか体調とか、なんにも考えてくれなくて、呼び出されて抱か
れてさ。…うちに押しかけてきたこともあったし」
あ、田舎での話な。とエドワードは今更ながらに付けたした。彼は母が他界しており、父親
も単身赴任で、家は弟と自分の二人暮らしだった、と説明した。
「それでさ…その…してるところを、弟に見られたんだ」
ぎゅ、とエドワードがロイの服を握った。そのときのことを思い出したのだろう。
「なんていうか…その人も俺で発散できればよかったと思うんだけど、俺もそのときはさ、
もう性欲収まればいいやとか思ってて。他に男相手にしてくれる人見つけんのも、大変だろ
うし…。結構過激なこと言ってたと思うんだよな…うん…弟からしたら、気持ち悪くてあた
り前だよな」
ロイはゆっくりとエドワードの背中に、また手を回した。この前より、どこか荷物が減った
ような気がしたのは、気のせいではなかったのだ。きっと弟は、あれから出て行ってしまっ
たのだろう。
「それから問い詰められて、全部白状した。…そしたらあいつ、兄さんは病気なんだっていっ
て、こっちの、都会の病院調べてきてさ。今カウンセリング受けてるんだけど…たぶん、全
然効いてない」
エドワードははは、どうしようもねえよな、と呟いた。魔法使いの肩は、こんなにも小さかっ
た。
「…その、バンドの人とはどうなったんだ?」
今の関係が気になる、まさかこの前の面子の中にいたのでは、とロイが問うと、エドワード
は軽く笑った。あいつらは何も知らない、と。
「大昔に別れちゃったよ。彼女できたから、ごめんなだってさ」
それくらいの存在だった、と思い知らされた彼の衝撃は計り知れなかった。丁度弟にも、自
分を否定された頃だろう。エドワードはロイの胸に顔を埋め、小さく震えた。
「俺…ずっと怖かった。この世界に居場所なんかないんだって思ってた。…病院通いながら、
興味あったからこっちの専門学校通って、こうやって誰かを綺麗にしてあげるのっていいなっ
て思ってたし、女の子も綺麗にしてあげたいって思うんだけど…でも、やっぱり俺、男の人
しか…その…だめで…」
恥ずかしそうにそういいながら、ロイをぎゅっと抱きしめる。
「あんたに声かけたの、別に、そんなつもりじゃなかったんだ。ただ…あんたが…っ」
「私が…?」
エドワードはそれには答えなかった。ぎゅっとロイを強く抱きしめただけだった。
「…もう、自分を責めなくていいから」
ロイはただ、それだけは伝えよう、とエドワードに囁いた。自分を受け入れていいと、その
身体にしみわたるように、心の枷が外れるようにと願いながら。きっと自分を責めてきただ
ろう。だからこそ、こんなに優しくロイに魔法をかけることができたのだ。
「…私が、君を受け入れる。それでは、だめ、か?」
どんな君だろうが、関係ない。自分がどうなろうと関係ない。ただ、これから先の未来の世
界で、一緒に笑ってほしいのは、この子ただひとりだった。
エドワードは涙ぐんだ目を細めてから、また、笑顔になった。今までとは違う、晴れやかな
笑顔だった。無邪気さに隠れた傷を少しだけ癒せた気がして、自分が人を救えたと、自惚れ
てもいいのだろうか、とロイは彼を抱きしめながら思った。こんな小さな、たったひとりの
心だけ。それでも、誇って、自信をもっていいのだろうか。大勢の人を救えたわけでもない、
こんな器の小さな人間だけれど。
「…ありがと……来てくれて」
それが答えだった。
「ああ……スーツも置きっぱなしだったしね」
ロイが笑いながら言うと、それにつられて、エドワードも声をあげて笑った。



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