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「まずはコンタクトにしよ。あんた眼鏡ないほうがぜったいいい!」
俺は金無いから、あんた払えよな。とロイを連れ出しながら、エドワードが言った。彼は弟
と二人暮らしらしいが、(私がきていたのは弟の服だった。彼のはとてもじゃないが、つん
つるてんになってしまうからだ。)彼は彼女の家に入り浸って最近帰ってこないらしい。そ
のうち引っ越すかもなー、と軽い口調で言いながら、少しさびしそうに見えた。本当に、彼
は生き生きとした表情をする。
寂しさも笑顔も、ぜんぶぜんぶ輝いていた。そう感じる自分にも驚いた。他人に興味をもっ
たことなど、使い道があるかないかその程度。この少年だって、私にとってなんの価値もな
い人間のはずだった。それなのに、くるくる回る表情に、よくしゃべる口元に、いつのまに
か魔法がどんどん浸透していく。
嘘みたいに。
これが、現実?
ずっと怖かったコンタクトレンズは、以外とすんなりと目にはまって、枠に縁どられて狭
かった世界が広がった。
次は服な、と言って手を引かれて、行ったことも見たこともない、若者の街を歩く。
衣服に気を使ったことなんて生まれてこのかた一回もない。なぜかどきどきして、心拍数が
上がって、エドワードの背中に隠れてばかりいた。本当に、情けない大人だ。
彼が選ぶ洋服もアクセサリーも、全部全部、自分には似合わないと思うのに、つけ方も分か
らないのに、彼はまるでなんでもないことのように、私をそれで飾って見せる。ペンダント
も指輪もチェーンも。いくつかつけて、ちょっとじゃらじゃらしすぎかなぁ、と悩む彼に見
つめられると、どぎまぎする。こんな気持ちははじめてだ。彼が私の手を引っ張るたびに湧
きあがる興奮と動悸、そして、学校をずる休みするような、わくわくとした冒険心。そんな
こと、したこともないのに、これがそうなのかさえ分からないのに、自分が少し、また大人
になった気がしてしまう。小さな頃から、枠からはみ出さないように必死だった。失望され
たら、比べられたら、ああ、そんな狭い世界にいたのだ。今頃気づいても仕方ないのに、希
望を持っても仕方ないのに。
彼はまさしく救世主だった。三十過ぎた男を、こんなふうにひっぱりまわせる。自分自身の
好みを表現できる。それはすなわち、自分自身をしっかりと確立している証拠だった。成績
で着飾った自分はどんなに滑稽で、そしてどんなに嫌な奴であったことだろう。
「なぁ、こんなジンクス知ってる?」
「なんだい?」
結局良さそうなペンダントだけ見つくろったエドワードだが、ピアスのコーナーで立ち止っ
て、ふいにそう言った。
「ピアス開けると、運命が変わるんだって」
「はあ?なんだいそれは」
そういう彼の耳には、3つのピアスがつけられていた。赤い石と、羽根をモチーフにしたシ
ルバー。そしてリング状のピアス。
ざわざわとする街の喧騒。切り取られたような自分と少年。ここだけは、二人の踏むタイル
だけはまるで別の世界。そう、知っていた。ここは魔法の世界なのだと。
彼が、魔法をかけて見せる。
「…君も、運命が変わったか?」
「え?」
エドワードが新しいピアスから目を逸らして、ロイを見上げた。ロイは、柄にもないことを
言ってしまったことに気がついて、ばっと関係のない方向へ視線をやる。また、彼の魔法に
そそのかされてしまったのだ。その姿に笑って、エドワードが答えた。
「うん、まあね」
赤いピアスをなぞりながら、エドワードはどこか、ここではない遠くを見つめた。
そこに何があるのか、魔法使いの見る世界には、何があるのか。
未来は、本当に変えられるのか。私は、変われるのだろうか。今からでも。
自分を変えられるだろうか。
「私も…あけようかな」
「うん?」
「ピアス…」
耳をなぞりながら、ロイがうつむいた。今更、とも思う。たった小さな穴を身体にあけるだ
けなのに、どこか背徳的で、そして彼には勇気が必要だった。
「似合うと思うよ」
じゃあさ、とエドワードが一つのピアスを手に取った。
それは、少し暗い青の石がはまったもので、ロイも一目で気に入った。
「これなんてどうかな」
「…痛くないのか?」
子供のようにたずねてしまってから、少し恥ずかしくなった。
「まあちょっとちくっとするかもなー」
「…」
エドワードがにんまりと笑っている。その視線に耐えきれず、ロイは明後日の方向に視線を
そらした。
「やっぱ怖い?」
「…少しな」
平気平気。俺慣れてるから。と言いながらピアッサーを手に取る。
「自分を綺麗にするとな、それが自信になったり、見えなかったものが見えるようになった
りするんだ」
そっとロイに紙袋を差し出しながら、彼が言った。
「あんたに足りないのは自信だよ」
それが魔法の言葉だと知るのは、もう少しあとのことだった。


自信がないから怖くなる。完璧にやらなくては。何度も確認しなくては。自分なんか信じ
ちゃいけない。他人なんて、もっと信用できない。
本当はもっと、肩の力を抜いて生きたってかまわないのに。自分一人ではこんなにも難しい。
誰も知らない魔法にかかって、知らない世界に一歩を踏み出した。なんと勇気がいることだ
ろう。誰かに手を引いてもらえなければ、きっと無理だった。でも、エドワードが手を差し
出してくれた。そして、魔法の呪文を唱えたのだ。


ほんのすこしちくっとした。でも、今までの人生が代価だというなら、悪くない。

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