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大量の酒瓶とともに帰宅し、すぐに二人だけの酒盛り、もはや飲み比べ大会といっても過言
ではない。ロイも割と強いほうだと自負していたのだが、エドワードもなかなか頑張るのだ。
「でな!最近こうやって俺が家帰らねえからアルのやつ、あのへっぽこ家に呼んでさ!俺が
今突然帰ったりしたらお取り込み中ってやつだよ!俺の弟なのに、弟に不埒な、あいつう
ぅっ!」
なるほど、そういう意味もあったわけね、とロイは新しい酒を開けながら唸った。大好きな
弟を、男にとられたのがなんともむかつくのだ。言いたいことは分かるけど、もう少し角を
丸くできないものだろうか。
「おいがばがば飲むな。急性アル中になっても知らんぞ」
「だれがアル中毒だっブラコンだっ!」
「そこまで言ってないから」
あまり飲むな、といいつつ黙らせるためについ酒を注いでしまう。そのうち一々グラスに注
ぐのも馬鹿らしくなりラッパ飲みをはじめ、一気にすべての酒が空になった。
「大体な、母さん死んでからさ、俺はアルを大事に大事に育ててきたわけよ。母さんが元に
戻るまでは俺が大事にしなきゃってやってきたわけよ。それなのにさ、ひよこ頭はなんでも
分かったふりしてさ」
「そうだなー」
「鎧になってたときもいちばんそばにいたのは俺だし!俺はあいつの考えてること分かって
やれてたって少しは思うし、あいつなんて、なんだよっ元に戻ってからアルの見てくれで、
ホモ!撲滅!変態撲滅!」
アルのばか、はやく目覚ませ、とぐい、と酒瓶を傾ける。しかしそこからは何も出てこず、
エドワードはビンの中を覗き込んだ。
「ん…酒きれた…たいしょー、買ってきて」
「もうやめておけば…はいはい」
そんなギロッと睨まなくてもいいのに、とぶつぶつ言いながらはいはい、と立ち上がるロイ。
じゃあ少し出てくるが、大人しくしていろよ、と言い置いて、ふぁーい、という間抜けな返
事に不安になりながらも家から出る。まだ酒屋やってるかなぁ、と歩きながら、ホモは撲滅
ね、と少し悲しくなった。ロイはエドワードに出会うまでは、ノンケ、つまりは普通に異性
間の恋愛に勤しんでいたし、本気で恋をしたこともある。だが、彼に出会ってしばらくつき
あううちに、いつのまにかあの暴君に恋をしてしまったのだ。忘れたほうが、諦めた方が楽
な恋愛だ。そうやって諦めたものもいくつかあったはずなのに、エドワードのことだけは、
どんなに変態、撲滅、と罵られたところで諦められそうにないのが、また悩みの種なのであっ
た。


「ちっくしょー…一滴もねぇーなー」
ごそごそと紙袋をあさったり、空き瓶を蹴散らしたりする。だがどれだけあがいても空になっ
たものは全て空なのである。舌打ちし、エドワードはキッチンに秘蔵の酒がないだろうか探
しに行こうとして、ふいにあるものが目に止まった。
それは昼間、ハボックがロイに押し付けた例の物で、捨てるタイミングを逃したロイが結局
家に持ち帰ってきたのだった。それを無造作に、ステンレスの台の上に置いてしまっていた
のだった。
「なーんだあるんじゃんっお、ちょっと高そう」
コルクをこじ開け、ぽん、というこぎみよい音が響く。それから瓶の口に唇をつけて、中の
液体をエドワードは一気に飲みほした。
「…ん、なんだこれ、ぜんぜん美味しくねぇじゃん」
けっと悪態をつきつつ、瓶を放り出す。まだあるかなー、とばたばたと鍋やフライパンやフ
ライ返しやらをぶちまけ、ロイの隠し酒を探すエドワードの後ろで、放り出されたあの瓶が
電気を反射して光っていた。


「ただいまー、て、何やってるんだ」
エドワードは鍋をかぶり、フライパンを抱いて泥酔状態だった。うへへー、と気持ちの悪い
笑みを浮かべてぐーすか眠っている。
せっかく買ってきたのに寝てるってどういうことだ。しかも、こんなにちらかして。
調理器具から引きはがしたとき、ロイはうっと息を詰まらせた。エドワードのシャツの襟ぐ
りが開いて、形のいい鎖骨が覗いている。頬は紅潮し、いつもはあまり見れない安らかな表
情で、う、ん、と床で寝がえりをうつ、鼻からぬけたのなんと色っぽいことか。
そこまで考えて、いかんいかん、とロイはエドワードを慎重に抱き上げ、リビングのソファ
に寝かせた。そしてキッチンに逆戻りし、彼の散らかしたものを片づける。
何も考えるなロイ・マスタング。こんなことはなんどもあっただろう。そのたびにちゃんと、
抑え込んでおけただろう。今日も大丈夫。絶対大丈夫。
しかし、いくらなんでも無防備すぎるのではないか。軍部では(そういう意味合いで)近寄っ
てくる男どもを眼光で射殺し、上官に尻を撫でられれば折れる寸前までねじって悪魔のよう
な笑顔で交わす。ナイフを投げ、ひどいときには左足の砲弾をぶっ放す。そうまさしく暴れ
ん坊だ。権力という名の前に真っ向から立ち向かう英雄でもあり、なんでもかんでもあたり
ちらす暴君だ。そんな彼がここまで無防備な姿をさらすのは、もしかしたら自分だけかもし
れない。優越感と、ほんの少しの迷いがロイの胸を締め付けた。もしそうなら、想いを打ち
明けてしまいたい。もうエドワードだって自分の人生を選べるのだ。なぜ軍人になったのか
知らないが、人生を共に生きる伴侶を選べる歳だ。私だって、その候補に名乗りをあげたい
んだ。
はぁ、とまたため息がもれ、引き出しを締めた。エドワードに毛布でも、と台所をでようと
したとき、まだ床に何かが落ちていた。
それはどこかで見たような空き瓶だった。なんだこれ、とロイはそれを拾い、ラベルを眺め
た。こんな酒買ったかな、としばらく考え込んでいたが、はっとした。
おそるおそる振り向いて、ステンレス台の上の空の紙袋を見て、ぞっとした。空だ。
まさか、飲んだのか!?
エドワードを振り返る。軽く寝がえりをうったところで、静かなものだ。
効いてない、のか。
それはそれで安心。というか、私はハボックに騙されたのか。ひよこのくせにむかつくな、
と思いながら、ロイは買ってきた酒をまた今度のためにしまい始めた。


がたがたと物音がして、エドワードは目を覚ました。どうやらロイが帰って来たらしい。
頭がぐらぐらと揺れている。それを庇いながら起き上ると、一際はぐわんと大きく揺れた。
大将どこ、とあたりを見渡すと、台所から物音が絶えることなく聞こえてくる。
「…たい…、…!?」
下腹部に異常を感じて、エドワードはそれを見下ろした。
な、なんでこんなことになってんの!?と思わず股間を隠す。結構酒飲んだのに、こんなの、
正常な身体の反応ではない。しかもまずいことに、ここは上司の家だ。こればれたらやばい
よな、とにかく、トイレとか。しかし台所にいるロイをどうやり過ごすか考えるのも、集中
できない頭ではうまく考えられなかった。
「…おや、起きたのか」
ぎくっとその声に顔をあげる。気を利かせて水の入ったグラスを持ってこちらにやってくる
ロイにエドワードはかなり慌てた。
「うわっいい!こなくていい!」
「何言ってるんだ。喉乾いただろう」
ほら、とグラスを差し出すロイは、幸いなことに何も気づいてはいない。ぼそぼそと礼を言
いながら、エドワードはどうするべきかぐるぐると考え続けていた。
「あー、あのさ…薬買ってきてくんねー?胃腸薬とか」
「常備があるぞ」
「えっじゃあー…あっあれ食べたいなー中央通りのケーキ屋さんのチェリーパイ」
「もう店なんてやってないよ」
「うぐ…えーっと…」
「どうした。具合が悪いのか」
足を折ってエドワードの額にロイの手が添えられる。びくんっと飛び上がってしまったエド
ワードだが、大人しくされるがままに落ち着く。今変に拒絶してばれたら本当に厄介だ。
「うーん、少し熱いか…。こういう感覚的なのはどうも苦手でな」
「大丈夫だって、ちょっと、トイレに…」
ふら、とソファから立ち上がろうとしたエドワードだが、バランスを崩してロイの肩に寄り
かかった。
「おい、ふらふらじゃないか。連れてってやるから」
「いい、一人でいける…っ」
「何意地張ってるんだ…おわっ!」
強行突破しようとしたエドワードが、ロイの足につっかかりさらに大きく崩れた。ロイは彼
を守ろうと咄嗟に抱き抱えるが、自分も足を崩して床に倒れ込む。ずだん、と大きな音をた
て、背中に辛い衝撃が走った。
「いった…はやくどいてくれ」
「た、たてねぇ!…はやく起こせっ」
仕方ないなぁ。とロイが膝をあげたときだった。
「あぅっ!」
普段のエドワードらしからぬ、高い悲鳴がロイの耳に届いた。動揺し、口を抑えるエドワー
ドと、さらに驚いて目を見開くしかないロイ。お互いを見つめあい、そしてロイは、膝にあ
たるものに気がついた。エドワードは気まずそうに目をそらした。
「じ、自分で抜い…っ」
自力で起き上ろうとしたが、先ほどの発言からも、体中の力がぬけてしまったのは本当のよ
うだった。じたばたと暴れられるほど、エドワードの興奮状態を否応なしに感じてしまう。
ロイは確信した。あの薬が、効いてしまったのだ。
「くっそ、どうなってんだよこれぇ…っ」
こんなの普通ありえねぇだろ。ええその通り。君はそういう薬を飲んだんだよ。でもこの場
合、悪いのは私ではなくて彼ではないのか。いや私もあんなところに酒と間違えるようなも
のを置いたのは悪かったが、勝手に飲んだ彼も彼だ。自業自得ではないのか。
「と、とにかく、起こすぞ」
ロイは起き上り、エドワードの肩を抱いて、ソファに寄りかからせた。こんなに小さかった
んだな、と今更ながらに思う。成人したと言っても、エドワードは標準より小柄だ。自分を
大きくみせなければ、といつもがんばっているのだろうか。それがあの尊大な我儘の正体な
のだろうか。半泣きでどうしていいか途方にくれている彼をはじめて見て、ロイはそんな風
に思った。




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