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暴君だって恋をする Even a tyrant does love.



何度も何度も人事が代わり、それに対する人々の動揺の波がようやくおさまる頃には、彼と
はこんな関係になっていたりする。
「たっく!本当にまじありえねぇ!」
がしゃん!とジョッキを置きながら、エドワードが酔っ払いながらロイにまくし立てた。そ
の反対側のロイは、唾をはきかけられながらそうだね、とただ頷いた。
激動の時代が過ぎて少したったとある日常。あれから5年以上たって、いつのまにか三十代
も下り坂。そしてエドワードに至っては、華の二十代。その大人に変わった男ながらも中性
的な顔立ちで男女問わず大人気である。旅に出たふりをして弟と一緒に士官学校に入学して
いたとは知らなかったが、入学した時期が悪かった。
軍上層部の揺らぎから、士官学校の生徒にも不穏な空気が広がっていた。教官の監視の目が
緩み、何が起こったなどちょっと考えればすぐに分かる。そうでなくとも、只でさえ見目形
のそれなりの二人である。持ち前の体術があるとしても、狙う輩が後を絶たなかった。
そんな青年時代後半を過ごしたせいか、すっかりすれてしまったエドワードであった。今で
はホモやゲイ、とにかく同性愛と名のつくものはなんでもかんでも拒絶する、上司さえ顎で
使う暴君になっていた。それもかなりの実力派で、投げナイフの腕は一流だし、左足には幼
馴染に頼んで1.5インチカルバリン砲がしこんであり、錬金術を失った戦力も十分に補っ
ていた。
即戦力だし、兄弟とは顔みしりどころか深い縁のある間柄なので、ぜひ私の下にふたりとも
置きたかった。それはそれは様々な意味を持って。果たしてそれは叶ったわけだが、今でも
ここから引き抜こうとする派閥は後を絶たない。どうせ私以外にくせのある彼らを使いこな
せるものはいない。それ以上に、何に使われるかなど考えたくもない。
そういうわけで、エルリック兄弟は今は軍人として、マスタング組の一員になっている。
「…で、今度はなんなんだ」
私の気も知らないで、と思ってロイも酒臭い溜息をついた。
「アルのやつっよりによってハボック大尉と付き合いはじめたんだ!」
ぶーっとロイは飲みかけの酒を吐きだした。げほげほっとむせかえる。
「どういうことだ…?」
「信じられるか!?男なんてマジありえねぇ!」
がんがん!グラスで机を叩き、ちょっと店員さん酒なくなっちったー!とはた迷惑な客であ
る。しかしはいはい今行きます、と答えるあたり行きつけの店なのだろう。私以外とも来た
のかな、と落ち込むけれども、一緒に飲んでくれるぐらいには心を許してくれているのは助
かる。あたりまえか、仲間、だもんな。お前にとっては。あのとき一緒に戦った大事な仲間
だ。それ以上にずっとなりたかったと知ったら、今のお前はどう思うのだろう。
「しかもよりによってハボック…!よりによって!」
あーむしゃくしゃする、と頭をかきむしりながらエドワードはあーもう、と机に突っ伏する。
「なんでアルは男なんかと、士官学校を忘れたか!」
「軍で男同士なんて、よくある話だろう」
「だからって!あんたは面倒見てた子供が男と寝てもいいってのかよ!嫌だろ!嫌って言え
!」
がくがくとロイの襟首を揺さぶり、最後に勢いよく放し、がんっとロイの後頭部が壁にぶち
当たる。今日のエドワードはいつもよりさらに荒れていた。
「あのひよこ頭ぁ…っ足治ってからまさか調子のってんじゃ…ッ」
がりがりがり、と右手で胡桃をぐるぐる回していたエドワードが、ばきばきばき!と掌で握
り砕く。そしてそれをつまみにぽりぽりと齧りながらまた酒を煽った。
「…アルが可愛いからって、ほんと信じられねぇ!たぶらかしやがって、死ぬまで、許すも
んかぁ…っ」
そしてエドワードは、もう今日は家帰んない、大将の家にとめて、とうだうだと言い重ねる。
言ってることとやってることが違うのではないだろうか。いや、私の思うところを知らない
のだから、これはまあ当然のことであった。本当だったら、男同士気兼ねない友人を作りた
かったに違いないのに、結局国の混乱のせいで同年代の友達というものもなく(唯一の友人
は事もあろうにシン国の皇帝だし)寂しいことだろう。今日飲む相手も私以外に思いつかな
かったのか、普段は誰といるのか、彼女か。いつだって彼に関する色々なことが気になって
仕方ない。
泥酔したエドワードを連れて家に帰り、彼を寝かせて自分も眠りに着く。
朝起きれば二日酔いに二人悩まされながら出勤する。シャワーを浴びるために、いつのまに
かいくつか常備されている替えの軍服と下着をもって浴室に向かうその背中を見送った。
ざあああ、とエドワードがシャワーを浴びる音にさえ、今もまいっているというのに。
我が物顔で家の備品を使い、好きに飲み食いし、中世の暴君の如く振る舞う。
君のそばにいるのが今じゃ、こんなにも辛いなんて。
はじめは見ているだけで十分だった。時折交わっては離れてを繰り返してきた。そして今も、
何度も離れたと思わせては、ひょっこりと顔だして、無理難題をふっかけ、無茶苦茶言って、
あの子たちのおかげで世界が救われたのは確かだが、色々としなくていい面倒を被ったのも
確かだった。
私の人生の一部をそうしてひっかきまわした男の子。世界でただ一人だ。こんなにも長く、
思い続けたのは。


「お前のせいで男全般に風あたりがきつくなってるぞ。ホモは撲滅しろとまで言ってたんだ。
どうしてくれるんだ!」
こっちも暴君、と復帰してから数年のハボックはぷすー、と煙を吐き出した。どうやらもう
義理の兄に交際がばれたようだった。
「将軍、もうあたってくだけて見たらどうですか」
「こてんぱんに罵詈雑言浴びせられてなぶり殺しされてふられると分かっていてそんなこと
ができるか」
「…言わなきゃ伝わらないことってありますよ〜」
「なに説教たれてやがる」
もはや口調が下町のごろつきである。エドワードも相当な毒舌家だが、ロイもまた相当な曲
者なのである。その下についてはや何年。ハボックもまた随分と揉まれに揉まれ続け、さら
には今恋人の兄から悪質な嫌がらせにも耐えていた。そしてロイも、何年も続く片想いに疲
れはじめていた。
「もうどれくらいになりますかねぇ」
「8年」
「盛ってます?」
「エドワードが22だ。だから8年」
「うへー、もう尊敬します」
ハボックがアルフォンスへの好意を自覚したのはつい最近だった。アルフォンスもそうであっ
たようで、二人はほとんど成り行きでつきあいはじめたようなものだった。歩けなくなり、
そんな自分がまた立ち上がれたのは、ロイの存在もあったが、アルフォンスという存在がい
たからでもあった。身体をすべて失っても諦めない。その心に惹かれていたのだとそばにい
るようになってはじめて気がついたのだった。
「膠着状態ですね」
「膠着?後退してばかりだよ」
あいつはホモが嫌いになるばかりさ、とふてくされているロイに、ふむ、とハボックがこう
提案した。
「家には泊ってくれるんすよね?…じゃあ、酔わせて勢いで」
「殺されるぞ」
「ですよねー!」
笑いながらハボックは、これなんてどうでしょ、と酒瓶を取り出した。
「なんだそれは。どっから出した」
「不感症の子もとろとろにしちゃう秘密のお薬です」
パッケージは酒ですけど、とぐい、とロイに押し付けるハボック。
「実はこれ前の彼女が感じにくくて使ってたやつなんです。アルにばれたら嫌なんで大将も
らってください」
「てめっ私を証拠隠滅に使う気か」
そんなものはいらん、と押し返すロイ。いいえぜひもらってください、とさらに押し付ける
ハボック。
「こんだけ滞ってる状況にはこれくらいがちょうどいいと思いますよ!」
「私に盛れというのか!」
「やっちゃったら意外とエドものり気になってくれるかも!」
「なるかー!」
ばたばたと言いあったり押し付け合ったりしている彼らの元に、かつん、と軍靴が休憩室の
壁に響いた。
「なにホモみたいなことやってんだよ、ホモ!」
まごうことなくエドワードである。ハボックにきつい眼差しをくれながら、休憩終わりだぞ、
さっさといけ、と顎で彼を追い払う。なんでも顎で済むのだ。彼の場合は。
「何話してたの。変態と」
「別に」
「ふんっどうせアルのことだろっ!あいつのせいで軍部でアルの評定平均が下がったら即ク
ビきってやるっ!」
「あのぅ、クビを切るのはどちらかというと、私の役割なのだがね」
それに、なんの評定平均だ。それには答えず、エドワードはどすっとロイの横に腰かけ、こ
こ煙草くせぇ、変態くせぇ、とぶつぶつと言いながら大将コーヒー入れてきて、と肩をごき
ごきと鳴らした。ここ数日はずっとこの調子で、疲れも極限に達しているようだった。
「はいはい…今日は砂糖は?」
「いらねぇ、ごっつブラックで」
眠気覚ましに、という彼のために、濃いコーヒーをポッドから注いだ。ここにはそれなりの
ものが常備されているので助かる。でなければ、買いに行かせられるからだ。給湯室のはど
がつくほどまずい。
「ほら」
「さんきゅ」
ロイから紙コップを受け取って、ずず、とエドワードはそれを啜る。はあー、と苦い溜息が
洩れる。二人同時にだ。
「何ため息ついてんだよ」
「君こそ」
「俺はなー、弟の行く末が心配で心配で仕方ねぇの。しかも聞いたか!?同性婚を承認する
法律までできるって話じゃねえか!」
それは実は私手を回しました。なんてことは死んでもいえない。
「くっそなんで…っそんな出生率下げるような真似すんだよっ」
「そういう問題ではないと思うが。一個人の意志を尊重した結果だろう?今まで愛し合って
いても差別された人だって…」
「そんなの知るか!…あーむかつく。世の中あのへっぽこ大尉のために回り始めたかのよう
にむかつく!今夜も飲む!つきあえ!」
「一昨日飲んだばかりだろう…」
「しばらくは酒でも飲んでねぇと気がすまねぇんだよぉ!」
店行くのも面倒だから買いこんであんたんちで酒盛りする。とエドワードは一方的に決め、
絶対定時であがれよな、じゃねえとぶっ殺すぞ、と言い置いて休憩室から出て言った。ロイ
はまた私が奢るのか、とがっくりと肩を落とすのだった。



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