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使い方違ってたし、と恥ずかしくなったが、今恥ずかしいのはもっと別のことだ。文字ごと
きに興奮させられた自分が情けなくて仕方なかった。恐る恐る下をみると、しっかりと反応
している若い自分自身が苦しんでいる。仕方なく、ベルトを緩め、太ももまで下着を下ろし
てみる。ぴょこん、と勢いよく立ちあがり、エドワードはうわぁ、と顔をひきつらせた。
「い、一回出せば収まるだろ…」
そして怖々と左手をそこにのばした。上下にゆっくりと擦り、いつも事務的にやっているよ
うに動かす。んっと声が漏れ、エドワードはベッドに横たわって、衣服の下を脱ぎ棄て、足
を立てた、やわやわと触っているうちに、本の内容がじわじわと蘇ってくる。
『鋼の、ここがいいのか』
『もっとこっち?』
大佐、と思わず唇を噛む。声が漏れそうになったことなんて今までなかった。傷つけて痛い
思いをするのも嫌で、しかたなくシーツを引きあげ、口に運ぶ。しっかりと噛みしめ、また
指を再開した。
『かわいいね。こうしてもらいたかったのか、ずっと』
『ここが気持ちいいんじゃないか?』
「んっ…!」
しゅっしゅっと自分を慰め、そういえば、と上着とタンクトップを捲りあげる。ここも触っ
てた、と機械鎧の指で、淡い色の乳首にふれれば、その冷たさにびくっと肌が波立った。
「はっ…ん、ん…っ」
『いつでもイっていいんだよ。さあ』
「ん、んんんっ…ぁ…っんんんん!」
びくんっ!と腰が浮き上がり、エドワードは達してしまっていた。はあはあ、と大きく息を
つく。こんなに興奮したの、初めてだ。と湧いた頭で考えた。大佐を、オカズにしちゃった
のか、と罪悪感がその小さな胸を占めた。
「…風呂、入らなきゃ…」
その鍛えられた腹筋で起き上ると、その筋肉の割れ目にそって、とろとろと白い液体が下へ
と滴り落ちていった。


大体なんで俺がいれられる側なんだよ、とエドワードは憤慨する。これとーこれとーこれ、
と見つけた古本屋で目ぼしいものを買いあさりながら、その山を抱えなおす。どうせなら大
佐を組み敷いて、と考えると『鋼の…っそこはやめてくれ…!』なんとも微妙なロイが浮か
んだ。こ、これはこれでいいかもしれないけど、と赤くなりながら、買う本を確認する。
あの本を読んだあと、とてもハボック少尉とブレダ少尉と顔を合わせられるはずもなく、エ
ドワードは弟を連れて旅にでた。行く宛のない情報収集の旅だ。ついでに各地の様子を見て
大佐に報告しよう、と考えつつレジを探していると、なんとまぁ、山積みにされた官能小説
が目にとまってしまった。
こっちは、健全。っていうか、男と女のやつらしいな。エドワードは一つ手にとり、しばら
く悩んだ末に、買う予定の本の間にそれを挟み込んだ。悪いことをする気分で店主に碌に目
も合わせられず、代金を支払って宿に走り戻る。アルと手分けしてこっちのは読むことにし
て、と本をどさっと机に置いた。弟は今、近くに野ら猫が集まる空き地があるという噂を確
かめにいっていて、部屋にはいない。
恐る恐るエドワードは、例の本を開いた。最初の説明なんかはいい。絡みのページを見つけ
るべくばさばさと捲る。あった、すぐに分かる。喘ぎ声を見つけ、ごくっとエドワードは喉
を鳴らしてそこら辺から読み始めた。
『あっあっあっ!…ああっやめてぇっ!』
『うるせぇっ!てめぇだって感じてんだろうが!』
ご、強姦ものかよ、とエドワードは嫌悪感で本を引きはがそうとした。だが、続きが気にな
る。こんなものが売られているなんて、といぶかしむが、古本屋なのだからそういう管理は
むずかしいかもしれない、と思いなおした。特殊な趣向の人だっているのだ。そう、エドワ
ードのように。男同士の本もあれば、こういう趣味の本だってあるのだ。いわば考え方の問
題なのだ、と思いつつ、もう一度本を見てみる。
『おらおら!なんでこんな濡れてんだぁ?びっしょりじゃねぇか!』
『ちがいますぅっ!…んああっもう許してぇ!』
激しいな、とエドワードはなおを読み進めた。女性は腕を縛られ、足をかかえられて挿入さ
れているらしい。女の人にこんなことしたい男もいるのかな、とちょっとむかむかした。自
分はけしてそんな風に思えなかったからだ。
『さすが処女だぜっいい締まりだっ』
『いやああっ』
処女ってなに、と疑問がわく。エドワードはしばらく考えたが、まあいいか、今度どっちか
の少尉に聞くことにしようと決めた。知らないことが満載なのに、なぜか気になる。こうい
うものって、そういうものなのだろうか。
『出すぞっ孕めっ俺の子を産むんだっ』
『やめてぇっいやあっほんとに…っ赤ちゃんできちゃぅっ!』
ぶうっとエドワードはついに吹き出した。し、知らなかった。俺たちってこうやってできた
のかっ!父親と母親がこういうことをして自分たちが生まれたのだと思うと、エドワードは
即死しそうになった。嘘だろう、そういう行為だったのか、と混乱する。
「か、考えてみればそうだよな…何かあって生まれるよな…あ、はは…そうだそうだ」
小さい頃母さんが言った「エドはねぇ、でっかいコウノトリが運んで来たのよぉ。その頃か
ら元気いっぱいで、鳥さんが大変だったのよ」という言葉を信じていた自分が今更馬鹿らし
くなってしまった。
こんな本捨てよ、とゴミ箱に放り込もうとして、いやいや、とエドワードは思いとどまった。
このホテルで捨てるのはまずい。あとでどっか、そう路地裏かなんかに。とりあえずアルフォ
ンスにこんな教育的に悪いものを見せるわけにはいかない。
「…大佐も女の人と、あーゆーことしたのかな…」
ベッドにふてくされながら横たわり、エドワードはさらに落ち込んだ。もうあの大佐の筋肉
とか逞しい腕とか、例のあそことか、見た女の人いっぱいいるんだろうなー、と涙が滲む。
こんだけ歳の差があいてんだから仕方ないことだけど、やっぱ俺大佐のこと好きだよ。たと
えもう誰かとそういうことしてても俺が好きなのはずっと大佐だよ。
大佐にだったら俺のはじめてあげたっていいし。男同士だとこういういい方はしないのかな。
大佐にだったら、あれみたいに無理やりされてもいい。縛られて、錬金術使えなくされて。
それで。
『ああっ大佐やめてぇっ!』
『うるさい。黙って抱かれていろ』
『そ、そんなぁ…俺っ…ああっそこだめっ』
『ここか?ここがいいのか?お前だって感じているのだろう?』
『ち、違うぅ…っあっああっああっ!』
『観念しろ、私の子を産むんだっ』
『もう許してぇっ!赤ちゃんできちゃぅ…っ』
いやいやいや男同士じゃできねぇだろっ!なに本の内容に感化されてんだよ。なんだよ私の
子って!わああああ、とベッドの上で悶える。もういやだ、知りたくなかった、とエドワー
ドは頭を抱える。
「…ほんと、知らなきゃよかった」
知らなければ幸せだった。遠くからロイを眺めているだけで満足だったのに、なんで。エド
ワードはもうそれだけではとても満たされないような気がしてしまった。その温度など知ら
ない腕に、抱きしめられたい。キスされたい。触ってほしい。知りたくなかったこんな、恥
ずかしい想いが自分の中にあるなんて。


数か月して、エドワードは東部に戻った。結局目ぼしい情報を得るどころか、知りたくない
ことを知ってしまって少々疲れていた。でも報告書出さないと大佐が困るし、と一生懸命書
いたそれを茶封筒にいれ、司令部を目指す。ロイはエドワードの数カ月おきの活動を、中央
に報告しなければならないのだ。
そうだ。前は報告書書くのも、まるでラブレターでも書いてるのかってぐらい楽しかった。
どうしたら大佐が見やすいかな、とか、色々考えてたっけ。図とかもいれたら分かりやすい?
でも大佐に絵が下手だな、とか言われたらやだな、とか、そんな小さなことで悩んでいられ
たのに。
「すいませーん、マスタング大佐執務室にいる?」
「ああエドワード君」
受付のお姉さんとも既に顔見知りだ。割と仲もいい。なぜなら彼女には彼氏がいて、ぞっこ
んだからだ。つまりは、大佐に不純な想いがないという条件でのみ俺は女性と仲がいい。同
じ条件でホークアイ中尉とも良好な関係である。
「大佐はね、今日は射撃場にいるわよ」
「へっ?なんで?」
「なんでも東部の士官はたるんでるっとか上官に言われたらしくてね。下士官の射撃の訓練
中なの」
「そんなの、中尉がやればいいんじゃ?」
「やっぱ皆男だもの。いくら中尉の腕がいいって分かってても、中々素直にはなれないもの
じゃない?」
なるほど、とエドワードは思った。まったく頭の固い奴らだ、とも。男のプライドとかいう
奴か、とロイの受難にため息をつく。それに、上官に言われれば自分から教えるしかないだ
ろう。普段の仕事もあるのに、また無理して、と肩を落とす。
「俺だったら喜んで中尉に教えてもらうけどね。綺麗なお姉さんにさ」
「もうエドワード君ったら」
じゃあねー、と手を振りながら、エドワードは射撃訓練場に向かう。響く低い音、撃ちぬか
れる練習台の音、やはり好きな人には会いたいものだ、とそこへ続く扉をあけると。
ロイはまっすぐに銃を構えて、士官に手本を見せていた。その横顔が少し眩しい。しかも、
的確に急所を撃ちぬいていく。何発か撃った後で、男たちを並ばせ、構えがおかしいところ
は直し、助言を加えていく。上着を脱いで、黒いシャツ姿のロイはまた、いつもと違った。
しかし、そんなエドワードの思考を遮るのは、やはりロイの少し後ろに控えた内勤女性士官
の軍団だった。きゃーきゃーいいながら息をひそめて、頬を染めて話しあっている。てめえ
ら、訓練の邪魔だって分かんないわけ、とエドワードは思いきってそちらへと踏み出した。
だがロイが視線に気づいて、ひらひらと手を振り返しているのを見て、思わず立ち止まって
しまった。
ロイは次に、エドワードに気づいた。その手があがり、やあ、と久しぶりの挨拶を交わすは
ずだった。だが、エドワードは踵を返して逃げ出した。
廊下をばたばたと走りながら、きっと驚いているだろうロイの顔を確認することもできず、
エドワードは階段下の倉庫の扉が半開きになっているのを見つけ、そこに飛び込んだ。
真っ暗な備品の倉庫には、パイプ椅子やホワイトボードやら、適当なものが乱雑している。
「…叶うわけねぇ…」
膝を抱えて座りこみ、顔を埋める。いつもよりもっと小さくなって、エドワードは涙を必死
にこらえた。自然の摂理だ。女に叶うわけがない。あの中にすら入れない自分が、ロイを慕
うことなどできない。
負けたくなかった。誰よりも好きだ。だけど絶対的境界線が、エドワードをけして前に進ま
せやしない。許すものかとはじき返す。
しばらくそうしていると、かつかつと近づいてくる足跡が聞こえてきた。
「大将ー…どこだー…」
「鋼の大将ー」
ダブル少尉だ。大佐かと思ったのに、とぷいと顔を反らせる。ついに居場所がばれ、かちり
と電気がつけられる。そんなものがついていたのだと今更気づいた。
「みっけ」
「おいどーしたよ」
あれから顔を見せないで、とのっぽ少尉と横太り少尉がエドワードの両側に座りこむ。
「なんでもねぇよっ」
「なんでもなくねぇだろ。お兄さんたちに話してみなさい」
「やだっ」
エドワードは首を振った。こんな気持ち話せるわけがない。
「話したら楽になるっていうけどなー」
「…大体、あんたらのせいだぞっ俺にあんな本…読ませるなんて!」
「でも大将が大佐のこと好きだって言うなら、知っとかなきゃならないことだぞ」
「う…」
彼らのいうことはもっともである。エドワードはうつむいた。そうだ。知らなかったら俺、
大佐に告ってたかもしんねぇ。何にも分からないで、迷惑ばっかかけたに違いない。そのま
ま嫌われちゃったかもしれない。無知を理由して許されることなんてないのだ。
「…今までこんなこと思わなかったのに」
「うん」
「女の人たちが大佐見てきゃーきゃー言ってるとさ、前よりもっといらついて、大佐もそれ
満更でもないって思うと、辛い」
もう入りこむ隙なんてないんだって、思い知らされる。大佐は女の人が好き。女の人も大佐
が好き。あんな風に、素直に大佐を好きだってアピールできるなんて、羨ましい。それ以上
に、憎たらしい。
「なんだよ。皆、私には大佐を好きになる権利があるのよってさ…俺には…ないもん」
男だから、そんな権利はありはしないのだ。あたり前のことじゃないか。分かっていたはず
じゃないのか。
いいや、分かってなかった。ただ頭ではまるで兄のように慕っているだけだったのかもしれ
ない。包み込まれる愛情が欲しいだけなのかもしれない。肉欲を伴う大人の恋愛など、自分
にできる気がしない。その一歩が怖い。そうまでしていいと思えても、ロイはそれには答え
てくれないだろうから、怖い。
「それは、違うんじゃないのか」
ブレダ少尉が、エドワードの小さい頭をなでる。
「女の人に嫉妬するのは筋違いってもんだぞ。なあ?」
「ああそうだよ」
むっとするエドワードに、今度はハボック少尉が言った。
「じゃあ大人になったらそういうことをするって知ったあとでも、大佐のことちゃんと好き
か?」
「好きだよ。だから、羨ましいんだ」
あの人たちが、とエドワードは呟く。
「でもエドは、分かってから大佐に気持ちを伝えようとしたのか」
「えっ…と、それは…」
「まだ同じ土俵にたってすらいないんだぜ」
まずは踏み出す。誰かの力じゃなくて、自分の力で。
「それなのにがんばってる女の子たちをひがむのはよくないな」
「それに、好きになる権利がないって誰が決めたんだ。お前が勝手に決め付けただけだろう」
「だって、普通は女の人とするんだろっ子供つくるためにさ」
「男同士でしちゃいけない理由があるのか?じゃあなんで男同士でする本が売ってるのかな」
「………あ」
重大な盲点に、エドワードは茫然としている。その顔がおかしくて、彼らは声をあげて笑っ
た。
「ちょっと怖くなっただけだろ。恋のライバルは、いつだって自分自身なんだぞ」
「自分に勝たなきゃ。がんばれ」
お前とあの、群れて騒ぐしかできない女たちは違うってことを、見せてやればいい。と男た
ちはそう言った。
そうなのだ。ロイが応えてくれないかもしれないなど、言ってみなければ分からないことだ。
勝手に考えて、思い悩んで、落ち込んで、全部俺が勝手にやっていることなのだ。
万に一つの可能性でも、かけてみるんじゃなかったのか?
「…なんでそこまで言ってくれんの?もしかしてあんたら」
「それは違うっ俺たちはなー!」
「馬鹿、言うな!」
つい言い出しそうになったハボックの口を、ブレダが急いで塞ぐ。しかしエドワードの疑わ
しい目を見て、はあ、と肩を落とした。
「なあ大将、ここに俺たちを、誰がやったと思うんだ?」
一瞬どういう意味か分からなかったが、エドワードはすぐに、思わず口元を押さえた。頬が
熱い。嘘だろ、と呟く。
「もー執務室に戻ってるころかなー」
「…まさか…大佐…?」
二人の少尉は無言である。だがエドワードは、倉庫を飛び出しその横の階段を二段飛ばし駆
け上がっていった。おーはやいはやい、とそれを見送ってから、彼らはようやく肩の荷を下
ろせる、とため息をついた。


顔を見たらはじめに何を言えばいいんだろう。
心臓がばくばく言ってる。ああ、やっぱり戻りたい。このまま階段を駆け降りたい。
でも、脈ありかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。
一縷の望みにかけるのもいいんじゃないか。
「大佐っ!」
ばんっと執務室の扉を開けた。驚いて振り返った立ち姿は、何度も何度も思い描いたあの人
のもの。
「あの…はぁっはぁ…っ」
息が上がる。全力で走ってきたから。それなのに、もっと早くなる。収まるはずが収まらな
い。涙が出そうになるほど苦しい。足が震えて、逃げ出したい。
でも、見せてやれ、自分。ずっと共にいたそのライバルが、劣等感が、強がりが、今では背
中を押してくれる。俺はあいつらとは違うんだ。そんな弱い自分とは違うんだ。自分に、勝
つんだ、今こそ。
「俺……っ」
今こそ。
「あんたが、好き…ッ!」


その言葉を聞いて、ただ大人がほほ笑むのが見えた気がした。



end

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