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「大佐、市民からたくさんの贈り物が届いておりますが」
「燃やせ!」
社会的に問題になりそうなこの発言だが、実は司令部全員の本音であったりする。
菓子会社の陰謀め!と悪態をつきながら、執務室の中を小包を掻きわけて進む様は明らか
におかしい。全部処分しろ!と怒鳴る傍ら、おさぼりついでにチョコレートをつまもうと
する部下を引き留める。
「食べないほうがいいぞ。唐辛子増量だ」
「う、まじっすか…」
どうやら好意ばかりの品物ものでもないようなのである。明らかに嫌がらせ半分だ。誰がこ
の部屋まで運ばせたんだまったく、と額を抑えたまま、ロイは一体私が何をしたというんだ
と落ち込んだ。上官からの嫌味の手紙も小言も、けせらせらな彼には珍しく沈んでいた。旅
立ってから数カ月、一本の連絡もない恋人のこともあるのだろう。せめて一カ月に一度くら
いは電話でもしてくれたって、と溜息をつきながら、何やら時間を刻んでいると思われる包
みを部屋の外に投げる。どかーんと廊下から爆発音が聞こえてきた。
「もてる男は辛いっすねー」
「嫌味か」
ずず、と珈琲を啜りながらブレダもまた不審物を部屋の外へと分投げる。ロイもとりあえず
危ないものと今は害のないものと分け切ったのか、机についてうっかり焦がしてしまった書
類を読み始めた。
「あーあ、今年はトラック何台分だろうなー」
この処分費用だけでどこかに旅行に行けるのに、とぶつぶつ言いながら仕事を進めるロイを、
さすがに可哀そうに思ってしまう部下の面々であった。彼らの眼下、司令部の入り口では、
既に運搬車が列を為している。配達屋の車など溢れんばかりである。一応受け取りもせずに
そのまま焼却処分に回すのは外聞が悪いので、司令部の中を通り裏口からそれらは処理場に
回されるのだが、下士官では判断のつかないものだけでも、執務室に溢れかえるほどなのだ。
バレンタインデーはそう、ロイの一年の中で最低最悪の厄日なのであった。
「まったく、もらうほうの迷惑なんぞ考えちゃいない!捨てる身にもなれ!」
今年も最高記録を更新しそうだなー、と既に部下たちは意気消沈、ロイは無駄に苛々と怒鳴
り散らしている。そんな険悪な空気の中に、ひょっこりと来客が訪れた。
「…ちわ」
「こんにちはー、今日はお祭りですか?」
エルリック兄弟である。山積みの段ボールをアルフォンスがなんとか避けながら部屋へと
入ってくる。
「祭りじゃねーよ。なぁ?」
「もう朝から大変なんだよ〜。大佐宛の小包で皆何回か死にかけてるんだから」
「え?爆弾でも入ってたんですか?」
「たった今爆発したところだ」
部下たちに囲まれた兄弟の元にロイも赴く。贈り物の件はともかくとして、エドワードが戻っ
てきてくれたのでロイの機嫌は少しばかり上昇した。だが、ロイと対照的に、エドワードは
顔をしかめていた。
「…鋼の?具合でも悪いのか」
「別に…」
怒っているのだろうか。でも、一体何を?とロイは首をかしげる。彼の怒るようなことはし
た覚えがない。何しろ、この子は今帰ってきたばかりなのだし、一体何ができたというのか。
そしてはたりと思い当って、ロイはついにやりと口元をあげた。
「ふふふ、さては私の人気に嫉妬しているのかね?」
半分は危険物という事実を棚にあげて、ロイがそうおどけてみせると、なんとエドワードは。
「…おめでたい野郎は…死んどけぇッ!」
どすの利いた声でそう叫ぶとロイを机まで投げ飛ばしたのだった。
「わ、わ!ちょ、兄さん!?」
「大将!?」
「ぎゃあ大佐が!」
がっしゃーん!ばきばき、と物凄い音がして、辺りは騒然となる。完全に伸びているロイに
背を向けて、エドワードはどすどすと部屋を出て行った。
「来て損した…っ!馬鹿大佐!」
捨て台詞もばっちりである。そのままばたばたと廊下を走っていってしまう兄を、追いかけ
るべきか大佐を助けるべきかアルフォンスはあわあわと二人を見やっていたが、エドワード
が走り出したときに落したらしい紙切れに気付いて、それを拾い上げる。
「何これ、伝票…?」
「大丈夫っすか〜大佐ぁ」
「信じらんねぇ、生きてるぞ」
「ううぅ…いった、いつつつ」
だらだらと額から血を流しながらロイが這いつくばって起き上る。
「一体何なんだ!朝から剃刀や爆弾の入った荷物の雪崩の上に、何で殴られなきゃいけない
んだ!」
「元気っすね」
「鋼のも鋼のだ!連絡一切寄こさなかったくせに何をあんなに…」
「えぇっ?大佐、兄さんからの手紙受け取ってないんですか?」
あんなにいっぱい出してたのに、というアルフォンスの言葉に、ロイ以下数名が驚きの余り
目を見開く。
「…鋼のが、私に手紙…?」
「はい。僕たち今回はずっと一所にいたので、兄さんちょくちょく出してたみたいで」
でも大佐から返事がなくって、兄さんちょっと落ち込んでたんです。とアルフォンスは続ける。
たぶん忙しいんだよって笑ってましたけど。いつもより全然元気がなくって。
アルフォンスの話を聞きながら、ロイがどんどん蒼白になっていく。血を大量に失ってしまっ
たせいかもしれないが、顔色が土気色になり、ついには黄色がかってくる。ぎぎぎ、と上手く
回らない首をなんとか動かし、大量の積まれた郵便物を茫然と見つめた。
「大佐、実はエドワード君からの手紙が間違って別の支部に…どうかしたんですか」
そこに、ホークアイ中尉である。分厚い手紙の束が紐でまとめられて、その滑らかな手に握ら
れていた。
おお、一体誰を責めればいいのやら。
「…なんか、荷物も送ってたみたい…。兄さんはきっとバレンタインって知ってたんだ…」
ぺら、とエドワードが落して行った紙切れをアルフォンスが広げる。それは荷物の配送伝票で、
消印は兄弟が今回の旅で拠点にしていた町を離れた日になっていた。あの日は別行動してから
合流したから、気付かなかった。とアルフォンスはそっとそれをロイに差し出す。
「ごめんなさい大佐、兄さんもこんなに荷物が届くなんて知らなかったんだと思います」
「…君が謝ることじゃないよ」
ロイはごしごしと血を拭って、ふうとひとつ溜息をしてから電話を取った。
「私だ。今すぐ処理をやめろ。全部そのままにしておけ」
「探すんすか!?」
「む、無理ですよ。こんなにいっぱいあるのに…」
手掛かりは伝票だけだ。いくら人数を割こうがたったひとつの荷物を見つけるなんて不可能
である。
「お前たちはやらなくていい。私が探す。探すったら探すんだ」
私でなくてはいけないのだ。
「大佐…」
「アルフォンス、鋼のを一日でいいからこの町に引き留めてくれないか?探せるか?」
「はい!まかせてください!」
僕兄さん探して、手紙のこと話しておきますから!とアルフォンスが駆け足で出て行った。
「お前たちは通常業務だ。爆弾には気をつけろよ」
「大佐はどうするんです?」
「私は処理場を見てくる」
そこでロイは苦虫をかみつぶしたような顔になり、しばらく黙ってから中尉に向き直って、
小さく手を合わせた。
「中尉、すまんが今日締め切りの書類だけ何とか伸ばせるか…。絶対ちゃんとやるから」
情けない声ではあったが、中尉もこればかりは、と頷く。ロイのせいだけではないのである。
確かに嫌がらせの荷物は彼の日ごろの行いのせいかもしれないが、エドワードの手紙が別の
支部に転送されてしまったのはロイのどうにかできる範疇を超えている。それでも自分でエ
ドワードからの荷物を見つけると言いきったロイに、彼女も折れたのだった。



空が夕暮れの色に染まるころ、ようやくアルフォンスはエドワードを探し当てた。宿や図書
館などの予想に反して、エドワードは廃棄物処理場が見下ろせる小高い丘の上の公園の遊具
に居座っていた。
「兄さん!良かった、探したよ!」
その声にエドワードは振り返って、よおと軽く手を振る。
「こんなとこにいたんだ、あのね、大佐は手紙受け取れてなくってね、別の支部に間違って
転送されちゃって」
「…ふーん」
弟の慌てた説明も聞き流して、エドワードは頬杖をついて処理場を眺める。
「だから、大佐のせいじゃないんだよ。許してあげなよ」
「別にもう怒ってねぇよ。最初から手紙の返事なんか期待してなかったし」
あいつの自宅宛にしなかったのは俺のほうだし、とエドワードが膝を抱える。あれ、そうい
えばそっか、とアルフォンスも不思議に思った。
「どうしてそうしたの?」
「いや、馬鹿げた話だけどな」
あいつのところには平時だって手紙なんか多いんだろうし、だからその中から、ちゃんと俺
のを見つけられるのかなって思ったんだよな。とエドワードはぼそぼそと呟いた。
「でも今日司令部行ったら、あいつ捨てることしか考えてないみたいだったし。なんか、自
分が馬鹿馬鹿しくなってさー」
少しでも便りはないかと、毎日くる郵便物を気にかけてくれていたらいいのにと思っていた
けれど、そんなのは俺の勝手な希望であって、大佐に押しつけるものじゃない。だけど。
「あんだけもてるんだから、ちょっと期待したっていいだろ?」
一応付き合ってるんだし、とエドワードは肩を落とした。自分たちには特別なつながりがあ
るのだと。でないと時々、あんな風にたくさんの荷物に押し流されるように負けてしまいそ
うになる。
「アル、もう次の町行くぞ。元々乗り継ぎのついでだ」
今から行けば目星つけてる町の最終に乗れそうだしな、と立ち上がるエドワードに、アルフォ
ンスは言った。
「大佐、今探してるんだよ」
「え?」
「兄さんからの荷物、探してるんだよ!」
エドワードは驚いて目を瞬く。
「な…何考えてんだよ、見つけられるわけねぇじゃん!」
「それでも探してるんだよ!お願いだから行って止めて!」
それまで僕この町から一歩もでないからね!とまで言われて、エドワードは言葉に詰まる。
そして、くそっと悪態をつきながら処理場に向かって走り出した。まったく素直じゃない兄
さんのせいじゃないか!とぷんすかと怒りながら、アルフォンスはその背中を見えなくなる
まで見送った。

「くっそ…どれだけあるんだ…」
はぁ、とロイは汗をぬぐい、落ちてきた袖をまたたくし上げた。どうして世の中は自分に届
く荷物を拒否できないのだろう。本当に欲しいものだけを、大切な人からの想いだけを受け
取れたならどんなにいいか。
でも見つけてみせるぞ、とロイはまた伝票を見ては荷物を放り投げていく。番号や消印が見
えないものは片っ端から開けた。そのおかげで、彼の手のひらは細かい傷でいっぱいだった。
先ほどまでつけていた軍手は、もう血だらけに使い物にならなくなっている。
「…あ、…」
この町の消印!と下のほうに見えた小さな箱を引っ張りだし、汚い手でエドワードの控えを
取り出して確認する。差出人の名前も分からない上に、伝票番号もひと桁だけ汚れて分から
ないが、きっとこれだろう。ロイはほっとその包みを胸に抱いた。
「大佐…っ!」
フェンスの網戸をくぐりエドワードがやっと処理場に辿り着く。ゴミの山の上に立っている
彼を見つけて、なんて馬鹿するんだと彼の元へ走る。
「お、鋼の!ほら、見つけたぞ!ははは愛は偉大だ!」
見つけて気持ちが大きくなっているのか、ロイは包みをエドワードに向かって振って見せる。
「それ…っ」
「すぐ見つけてやれなくてすまなかったな。これからは絶対見逃さないから」
山の上に座り込んで包みを開いているロイの元に、なんとか近づこうとするエドワードの耳
に、そんな言葉が降ってきた。
「…そんなのもういいよ!俺が悪かったから!今度は自宅宛に送るし手紙じゃなくて電話に
するから!」
特別なものなんてもういらないのだ。
「だから、それは…っ」
「あはは。パッケージがカレーだ」
だから。
素直じゃないねぇ、とばりばりと箱をあけて中身を取り出すロイに、エドワードは血の毛が
引いた。
大佐が危ない。一気に登ろうと右足をあげたが足場が崩れてずささと下まで滑り落ちる。あ
いつは一体どうやって上ったのだ。
「じゃあいただきます」
「だめ…っ食うなーッ!」
ロイはおいしそうに一見カレーのルーをほおばった。これはこれは芳しい。スパイスが濃厚
である。甘口だ。ぼりぼりと噛み砕いていたが、しばらくしてロイも無言になった。
一見ではなく、本物のカレーのルーであった。
「…それ…俺のじゃない…」
山の下で力なく、エドワードが呟いた。

結局エドワードからの贈り物を見つけられなかったロイは、ずーんと影を背負って書類仕事
に勤しんでいた。エドワードがもういいと言ったので、即刻処理に回された危険物の山から
執務室も解放されたところだ。それでもあの中に、少年が自分に選んだものがあるのだとし
たらと考えると、やるせないロイである。
「ああ、君からプレゼントまで失くしてしまうなんて、今日はほんと厄日だ」
「毒とか入ってなくて良かったじゃん。あんな衛生的にまずい場所でよく食えるよ」
最初にロイを投げ飛ばしたペナルティに、エドワードはこの街に明後日まで滞在することに
なっていた。そうして今、彼はロイの仕事が終わるのを待っている。中尉が仕分けをしてく
れたおかげで、今日の分の書類はもう残りわずかになっていた。
「…もう一回買ってくれとか、言わないんだ?」
「君が一生懸命選んでくれたんだろうからね、もう一度なんて言えないよ」
「別に…っ!」
そんなに一生懸命選んでねぇ、ともごもごというエドワードに、よし、と最後の書類に署名
をしたロイが立ち上がって傍らのソファに腰を下ろす。
「お返しは何がいい?」
「あんた何ももらってねぇじゃん」
「いーや、もらったとも」
やっぱり嫉妬だったんだーと嬉しそうに絡んでくるロイに、くっつくなハゲ!と暴言を吐く
エドワードの夜は、次第に更けていくのであった。

後日。エドワードが旅立って一週間ほど経った頃。
手紙と同じく間違って転送されていた小包がロイの元に届いたのだが、中には違うパッケー
ジのカレーの元が入っていて、彼は閉口したのである。
「…チョコレートみたいに甘いよ」
付いていた手紙を読みながら、ロイはぱきりとルーを齧った。



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