3

常に余裕横溢


毎日を生き急いで。
走っている俺をまるであざ笑うようだ。
そんなふうに微笑まないで。
余計にあせってしまうから。


せっぱつまったことなんかあるの?
見たことあるとすれば、そう、あれは年末の。
ああ、軍部にはニューイヤーという言葉があるのだろうか、と疑ったあとのときだ。
ロイの軍閥のほとんどが隈をつくり、げっそりとしていた。なぜならただでさえ年末で一年
間の確認事項や処理すべき書類が山となっているなかでおきた鉄道脱線事件のおかげで、彼
らは過労死寸前だったのだ。
ロイでさえ、やあ、よく来たね。の言葉の裏には疲れが見えた。机の上にはもう山なんて言
葉ではあらわせない、絶壁とかした書類が積んであった。
全員に作ってあげたシチューに喜んだ、彼の笑顔を、エドワードはまだ覚えている。
こんなにおいしいの、食べたことないよ。と笑う彼の表情を。
ああ、また好きになってしまった。
そのとき、気持ちを実感したのだ。
好きな人に自分が作った料理を食べてもらえるのが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
もうすぐ、年末だなぁ。
また忙しくなるだろうか。
また、シチューを食べてもらえるだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたのだが、はっと本来の目的を思い出して顔をあげた。
今は軍法会議所の事件記録を調べている。各地の反乱に登場する錬金術師たち。軍部はこれ
らの反逆者たちをやっとの思いで掃討してきた。ブラッドレイ大総統が国家錬金術師制度を
実施するまで、軍部につく錬金術師は一人としていなかった。錬金術師よ大衆のためにあれ、
に基づき、各地での反乱に錬金術師が参加することは珍しいことではなかった。
少しでも強大な錬金術師がでてくる項目は熱心に読んだ。水属性を操る錬金術師が、やはり
戦場では成果をもたらしている。地中の中の水分を操ることができれば、どんなに有利に戦
況を運ぶことができるだろう。
だが、それに伴う等価交換がうまく行えるかどうかは術師の力量しだい。見誤ればリバウン
ドも避けられないので、気体錬成、水錬成、生体錬成はとくに難しい分野だ。
ロイのような空気中の酸素濃度を調節できるには、理屈は理解できるが、度重なる実験と鍛
練が必要である。
この事件に名を連ねる錬金術師の中に、手がかりがあればいいのだが。
「よっ!」
「わっ!」
ぽん、と肩に手をおかれ、エドワードは跳ねあがる。
「ヒューズ中佐!」
後ろにはロイの親友、マース・ヒューズ中佐が立っていた。なんでいるの?おい、ここが俺
の仕事場ってこと忘れてねえか?という押収をして、エドワードは笑う。
「何かよさそうな資料はあったか?」
「ぜーんぜん」
エドワードはファイルをしまいながら肩をすくめる。
本当は。
どんな資料にも載ってない。
とある人の、心のうちが知りたいのだが。
なんて、馬鹿か。
自嘲すると、ヒューズはまあそう落ち込むな。俺もなんか情報あったらロイに伝えておくか
らさ、と励ましてくれた。
「気長にやるんだな。あせったって仕方ないだろう?」
「そうだけど…」
エドワードはため息をつく。
「なんであんたも大佐も、いつもそんな余裕なんだよ」
「余裕に見えるか?」
「違うのか?」
問いかけると、ヒューズは若いっていうのは焦るもんだよ、と豪快に笑った。
「俺もロイも、お前さんくらいの年は馬鹿もやったし、十分生き急いでたぜ?」
「たとえば?」
「んーそうだな…士官学校生の時のことだが、二人で夜に寮を抜け出したのがばれてな」
「え…えー!大佐って…完全悪がきじゃねえか!」
「あたりまえだろ。あいつがそうじゃなかったらこの世の天地は逆になってるぜ」
ヒューズはあー懐かしいなー、と腕を組み、昔を語りだす。
「当時はイシュヴァール系の民族が士官学校に入るのは許されてたんだが、上級生にいじめ
られてるそいつをロイは放っておけなくてな。先輩殴って校庭の演習に使う穴掘りやらされ
たり、ああ、さっきの話だが、寮を抜け出したのが教官にばれたときは鞭打ち50回だったっ
けな。俺も、たぶんあいつも不名誉な跡が背中に残ってるぜ。ま、それはいいとしてその後
の保護者に連絡する、っていう言葉のほうがロイには効いてたけどな。あの蒼白な顔と言っ
たら…っ」
大佐と中佐の輝かしい少年時代を聞き、エドワードは穴掘りをするロイや鞭打ちされるロイ、
保護者に(大佐の家族のことは何一つ分からなかったが)連絡されて怒られるロイを想像し
てみた。
…中佐が爆笑する意味が少しだけ分かった気がした。
「世の中少年は皆そんなものだ。エドだってロイにしょっちゅう怒られてるだろ」
「なんで知ってんだよ!」
「あいつからの電話はほとんどお前のことだからな」
ま、俺の電話もかわいいエリシアちゃんとグレイシアのために使われてるけどな!
のろけはいい!とエドワードは言い返して、それからその衝撃事実について質問した。
「た、大佐からの電話のほとんどが俺のことってどういうことだよ」
「またあの子がどっかのなにかを壊しただの、顔をみせやしないのに始末書だけが帰ってく
るだの。ま、あいつもお前らの親代わりな自覚でもあるのか知らないが、大事にされてる
な!」
「大事になんかされてねえよ!視察押し付けられたり、ちょっと悪者退治しただけで怒られ
たり…」
「大切にされてんじゃん」
「どこがだよ。気がつけば嫌味だぞ」
あの執務室から嫌味め。この前は階段の踊り場から嫌味だったし。どこでも嫌味野郎。とエ
ドワードがぶつぶつと、本人がいないことに文句を言った。
「ロイは器用なふりして、ほんとに大事なもんにはものすっごい不器用だからな」
「それ、器用じゃねえぞ?」
不器用な優しさ。
分かりにくくて、時折忘れてしまう愛情。
「…お前が思ってる以上に、ロイはお前のこと気にかけてるし、助けてやりたいと思ってる。
それに、怒ってくれる人っていうのは大事な人だ。ほんとだったら、お前のことなんかロイ
がいちいち口をだすことじゃねえのさ。怒ることのほうが、何よりも体力を使う」
はっとエドワードは思い出す。
今は南の、ダブリスでひっそりと暮らしているだろう、師匠のことを。
そうだ。いつだって全身全霊で怒ってくれる人が、他にもいた。
ロイはけして、怒りにまかせて手をあげたりはしなかったが、そうなのだ。理性的に誰かに
怒ったり、叱ったりすることは、同じ人間として大変なことだ。たとえ年長者であろうとも。
ロイはいつだって、自分たちを心配してくれている。
あれだけ何度も怒られていても、ロイのことを嫌いになるどころか、心の奥底で好きだと思っ
ている自分がいるのは、ロイの不器用な叱り方から、そんな深い愛情を、感じていたからな
のだ。
そう改めて確認すると、エドワードは急に、ロイの顔が見たくなった。
今回は事件らしい事件を起こしていないし、前に訪れたときからそんな日がたっていない。
もしかしたら、はじめて笑顔で出迎えてくれるかもしれない。
そんな風に思うと、自然に顔が緩まるのも確かで。
「…そうだな。忘れてた。いつも大事だって分かってんのにな」
まだ未熟な自分を、支えてくれるたくさんの人たち。
支えてくれる、大好きな人。
顔が見たくなった。
そんな理由で、帰ってもいいだろうか?
あんたはまた、その余裕横溢な顔で笑うのだろうか。


東方司令部に戻ったとき、ちょうど昼休憩中だったからか、ドッヂボールに誘われた。
大佐のところに行く前に、少し遊んで行ってもいいかと思って、俺は職業軍人相手にかなり
奮闘した。
ふと上を見上げたら。窓からそれを見下ろしていた大佐と目があう。
彼は少し戸惑ったようだったが、こちらに笑って手をふってくれた。
俺もつられて、ほほ笑んで振り返す。
ああ、そうか。
こんなふうに、いつも見守ってくれてたんだな。
今はまだ、この窓と地面の高さぐらいの隔たりがある俺達だけど。
俺はあんたが大好きだ。
不器用な優しさも。
分かりにくい愛情も。


その後、俺は顔面にボールをくらって気絶した。


たしかに、大佐が爆笑で出迎えてくれた。


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