1

年上に恋をした I have loved the older man.

縮まらない差


大人になるってどういうことなんだろう。


「あっつッ!!」
珈琲いれるだけなのにどんだけかかってんだ、といらいらしつつ廊下を歩いていると、大佐
のそんな間抜けな声が聞こえて、エドワードは顔をあげた。
給湯室からのぞくと、じゃーと火傷した指を冷やしてから、口につっこんでいるロイの姿が
見えた。
どう考えても、いい大人には見えない。
大人でさえ、こんな些細な失敗をするのだ。
顔をしかめている彼に話しかける。
「なんか変な声したけど、大佐?大丈夫?」
こんな子供のような失敗をしてしまうこの大人こそ、アメストリス国東部を治めている東方
司令部の副司令官なのであった。
さらっと振れた黒い髪に、同じ色の瞳は給湯室のほの暗い明かりに照らされてくるりと光っ
ていた。
身にまとった青い軍服は、すっと彼の背筋にあわせて皺を寄せた。するりと振り返ったロイ
は、指をくわえたまま答えた。
「…ああ、大丈夫だ。ちょっと火加減を誤っただけだよ」
「焔の錬金術師が?」
「コンロの火は苦手だ」
珈琲のマグカップを持って、二人は歩きだした。大佐の入れるコーヒーは東方司令部のもの
であるというのに分量を適当にするので、余計にまずい。それをあえて言ってやらないのは、
大佐が珈琲を入れてくれるのは俺だけだから。そして、この味を知っているのも俺だけだか
ら。
「大佐、聞きたいことがひとつあるんだけど」
こんなまずい珈琲をなんで作れるのかじゃなくて。
「…ああ」
俺を見おろした大佐の目が綺麗だな、と思いながら、俺はずっとこの旅の間気にかかってい
た質問をした。
「大佐の初体験っていつ?」
「は?」
今日の大佐はどこかぼーっとしている。
「だから、大佐の初体験っていつだよ」
この男は女性にはすごく持てるのだ。
ともに街を歩けば、老若男女様々な視線にさらされる。
地域住民との関係もうまくいっているこの司令部周辺では、ロイの顔をしっている人も多く
て、差し入れやらラブレターやらをあずかることも多い。一度クッキーを差し出されるなん
てこともあったが、これ、マスタング大佐に、なんて言われた日には厄日だ。ロイに渡すと、
それはそれは嬉しそうな言葉のあとに、君も彼女の一人くらい作ったらどうかねという嫌味
が飛んでくる。
「そうだなぁ。はじめて錬金術を使ったのは11歳のときで…」
「んなこときいてねーよ!てーかなにしらばっくれてんだよっ」
言葉の意味を分かっているくせにはぐらかそうとするロイ。大人はいつだってそうやってご
まかすんだ。
「初体験って…まさか童貞なのを気にしているのかね」
「い、言うな…。はやく俺は大人になりてえんだよ」
大人になるってどういうことなのだろう。
エッチなことをしたら?20歳をすぎたら?
大佐の隣を歩くのに、一体あと何年かかるんだよ。
こんなんじゃ、想いを告げることなどできない。
「…でもさ、やっぱはじめては好きな人とやりたいじゃん」
あなたと。
男同士でする方法も知ってる。
でもそうしたら、大人になったと本当に言えるのだろうか。
「それとも、男のくせに出し惜しみすんなって思う?」
男の中には、女性の間を渡り歩く奴だっているのだ。ロイだってその一人なのだ。
こんな風に思う自分を、ロイはどう思うのだろう。
そう、大佐の心の中なんて、俺にはなにひとつ分からないのだ。
「そんなことはないさ」
ぽんぽん、と頭を、大きな手が撫でた。
ああ、どうしてこんなに子供なのだろう。
頭を優しく撫でてくれるこの手を、嬉しいと思うこと事態、俺が子供なんだという証拠な気
がして。
「私も初めてのときは、そのときいちばん好きだった人としたよ」
…。
そ、うか。
そうなのか。
俺は、そうだと願っていいのか。
優しく微笑むロイを見て、エドワードは安心した。
「…そっか」
「ま、焦らなくていいさ。君には目標もあるんだし、おつきあいしてくれそうな女性もいない
だろうしな」
「俺だってやろうと思えば彼女くらい作れるっ」
これはちょっと強がりだ。本当は彼氏がほしいなどど言えるわけがないのだから。
「そういうことにしておいてやろう。さあ、報告が山積みだぞ?一体どうしたらこんなに始末
書の山を作れるのかね」
「お、れのせいじゃねえやつもたくさんあるんだからなッ」
そんな風に歩きだす二人。でこぼこな背丈がよく似合う。


その俺よりも、少しばかり高い位置から、どんな世界が広がっている?
いつになったら、同じような世界が見えるようになる?
どう足掻こうが、この縮まらない差は変わらない。
長期戦だぞ。エドワード。覚悟なんか前からできてる。
「行くぞ、鋼の」
こうやってあんたの背中を追いかける。
それが、今の俺にできる、たったひとつのことだから。




[ 22/26 ]

[*prev] [next#]
[top]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -