4

年考えろ、自分




ああ、もう若くないのに。


鋼のが自分を狙った男を捕まえたと報告をよこしたので、引き取りにいくことになった。
部下に任せてもよさそうだったのだが、そいつは東部の有名な錬金術師を一人殺していたの
で、ここで逃がしては立つ瀬がない。きちんと捕獲できているかどうか確かめる必要があっ
た。
現場につくと、エルリック兄弟と縄に縛られた男が通りで待っていた。エドワードは俺を襲っ
てきたやつさっさと刑務所にぶちこんでくれ、とその男を引き渡してきた。
護送車に連れ込む作業を二人してみている。エドワードは得意げにそれをじっと見ていたの
で、私は釘をさしておこうと思い、口を開いた。
「また派手にやったね」
回りの道路の状況も鑑みて、まず犯人の治療からになるかもしれない。
「ふん。俺の命狙おうなんざ百万年はやいっつーの!あいつもよく、焔の大佐のおひざ元で
事件を起こそうと思ったねぇ」
「君にそれだけの恨みでもあったんじゃないか」
「恨まれることなんか…まあ、してるが…命狙われる筋合いはねえぞ」
二人はそうして、犯人に背を向け、司令部に行くため車のほうに歩きだす。
むくれる彼にもう一言くらい、と思ったときだった。
「大将!!逃げろ!!」
はっと振り返ったとき、血走った目で包丁を振りかざし、走ってくる男が見えた。
エドワードは動けない。恐怖にあてられてしまっている。
突き飛ばせばよかった。
なぜ、庇う必要があったのだ。
灼熱の痛みとともに右腕をえぐりながらすべる刃物。
血が噴き出したのが分かったが、何よりもこの男を、鋼のから遠ざけることばかり頭に浮か
んで。
気がつけば男は伸びていた。腹にめり込ませた足をおろして、ロイは血が垂れる右腕を庇う。
「大佐!!」
副官の声が耳に届く。まるで時間が流れ出したかのようだった。
抱きしめていた鋼のは、その手を離しても、硬直したように動かなかった。
「…たい…さ…?」
声はか細かった。目の前で起きた出来事が、信じられないという顔をして。
「…無事か…鋼の」
気の利いた言葉など浮かばなかった。自分のけがなど大したことはない。
彼が無傷でたっていることに、私は心の底から安心したのだ。
「良かった…」
彼が泣きそうな顔をした。


応急手当を受けて車を降りると、救護車によりかかっている鋼のがいた。私が出てくるのを
まっていたのだろうか。
「…鋼の。そこにいたのか」
ゆっくりとこちらに顔をあげたエドワードは、私の右腕あたりに視線を落とす。
「大佐…傷は?」
「ああ、別に毒物も塗ってなかったし、大丈夫だ。傷は長いが浅いし、治るのにもそんなに
長くはかからない」
どんな顔をしていいか分からず、小さく微笑んだ。エドワードはそれでも、申し訳なさそう
に目を伏せていた。こんな顔をさせているのが自分だと思うと、やるせない気持ちが心を満
たす。
「そんな顔をするな」
ぽん、と頭に手が置いた。
「…ごめん」
謝る必要なんてない。
年も考えず君の前に飛び出したのは私なのだ。
「君のせいじゃない」
ああ、気の利いた言葉なにひとつ、かけられないなんて。
「…気にするな」
知っていたかな。こんなにダメな大人なんだ。私は。
君を笑顔にする言葉ひとつ知らないんだ。
「…あとは部下たちがやってくれる。君も宿まで送って行こう」
こんな様子じゃ、事情聴取なんてとても無理だ。むしろ、私がさせたくない。
私は鋼のに背をむけた。
突如。
背なかに小さな体温がしがみついてきた。
私が、何に変えても守りたかった君の温度が、伝わってくる。
「鋼の?」
戸惑って振り向こうとしたが、彼の言葉に遮られる。
「こっち…見んな…」
守れただろうか。
君を。
守れているだろうか。
私の、大事な。
「…ちょっとだけだぞ?」
他に言うことはないのか。自分。
お前は何歳だ?29歳だ。年を考えろ。この子より一回り長く生きているというのに、何か、
何か、何もないのか?
ああそうだ。私には何もない。意味もない人生を歩んできたのかもしれない。
与えることができるものを、なにひとつもってやしないのだ。
自分が守ったものを確かめたかった。
確かに君が生きているのだと。
彼がどう思うかも考えず、かき抱いていた。
小さな彼が戸惑うように身じろぐなか、私は彼の耳に、自然と言葉をこぼしていた。
「…無事で良かった」
それだけしかない。君が無事で、君を守れて、本当に良かった。失わないでよかった。
これは私の自己満足なのだよ。鋼の。
守ったなんて傲慢だ。
君の心なにひとつ、私は守れていないのだから。
「…ごめん、大佐」
だから、謝る必要なんてないんだ。
「なにがだね?」
君がまた笑ってくれるなら、他には私はなにもいらない。
この、大きな世界にしたらとるに足らない事件で、君の小さな心が受けた傷を、癒せたなら。
「さあ、帰ろうか」
送って行くよと囁いて身を離すと、エドワードはちょっぴりうるんだ瞳で笑った。
それでいい。
君は、ずっとそのままでいて。
小さな笑顔を胸にとめ、ロイは彼を伴って歩き始めた。




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