3

三日目の最終日、エドワードはまた男の家にでかけた。今度は昨日の時間よりは遅く、そし
てまた徒歩で、イーストシティの外れまで歩いた。この辺の荒みようはあまりにもひどい。
個別に大佐に報告を持っていったほうがいいかもしれない、と考えながら歩いていると、あ
の庭が見えてくる。
男は、今日は只一人庭に座って木を必死に削っていた。時折とがらせた角度を何度も確かめ
て指でなぞりあげる。細く鋭くしたその杭が、もういくつか地面に積み上がっていた。
「…ちわ。寒いっすね」
「ああ、お前か」
男は目を逸らさず、木を削りながらエドワードの挨拶に答えた。
「あんたの…あなたの昔の論文を読みました」
「好きなように話せばいい。…見たところ、都会生まれではなさそうだからな」
「…そいつはどうも」
エドワードも丸太に座り、その作業を横から静かに見守った。
「何作ってんの?」
「花壇でもと思ってな。これでな、回りを囲むんだ」
「なるほど」
一個やらせて、というと男は何も言わず棒を一本手渡した。錬金術ではなく手作業でやる手
間を感じるのは久しぶりだった。
「昨日聞いてきたよね。俺がなんで国家錬金術師になったんだって」
「ああ。…噂には聞いてたが、こんなチビな餓鬼が国家錬金術師だなんてな」
「誰がチ…ッ。でも、俺がこだわったのはそこなわけよ」
エドワードも木を削りながら、指を切らないように気をつけながら、そのことについてきち
んと説明した。理由がないわけではもちろんない。話せないこともいくつかあるから、その
辺は適当に誤魔化すしかないのだが、気持ちは正直に、指先は木に集中しながら、エドワー
ドは男に語った。
「弟が…病気で。…直すために色んな研究をしてる。今まで色んなとこを旅してたくさんの
ものを見てきた。でも、資格をとらなかったらそれは絶対にできないことで、俺たちには必
要な力だったんだと今は考えてる」
軍に魂を売ってなどいない。いつか自分たちの研究が、回り回って誰かの役に立つ日がくる
かもしれない。まだまだ可能性を求めて、たくさんの事柄を模索していきたい。
研究費もそれなりの身分も、田舎にいたころには必要のないものだった。だが今は違う。少
しでも多くの土地をめぐり、可能性に出会ってそれを突き詰め、いつか元の身体にもどるた
めに、そしてそれがまたいつか、誰かを救う手掛かりになるように。
錬金術師を大衆のためにあれ。自分たちにだって小さな頃から、その信念を持って生きてき
た。それは今も変わらないのだと、この人には信じてほしかった。
「…どんなことをしても、弟の病気を治したいのか」
国家錬金術師は、人殺しだぞ、と男は静かに告げた。その言葉にエドワードは、なぜか昨日
自分を見てほほ笑んだある男の顔を思いだした。
「まだ、どうするかはわかんねぇ。でも、国家錬金術師でも、自分の信じることをやってる
奴を知ってるから」
ロイは何も言わない。自分のことなんて一切話したことなどなかった。軍人になって国家錬
金術師になって、何があって何をしてきたとか、何を後悔しているとか何を思っただとか。
それでも、エドワードは感じたのだ。他の人間とは違う何か。国家錬金術師の中で彼だけが
唯一持っている何か。自分と同じように、何かを背負って生きている。それを、苦痛だとか、
重荷だとか。悲しみだとか。名前なんてつけられやしないけれど、今までもこの先もずっと
背負ってきたものを、感じるのだ。
「俺は諦めない。そのためには資格が必要だ。…だから、国家錬金術師をやってる」
弟にも、家族のような存在にも見せなかった。本当はきっと、もっと罪を重ねそうで怖かっ
た。それでも、自分の安穏のために弟を犠牲にするわけにはいかないのだ。
「…お前の言いたいことは分かった」
「じゃあ…」
「それでも、俺は資格はとれん」
ここではじめて男は、微かにほほ笑んでみせた。
「お前は若いが、俺はもう時代を過ぎた人間だ。ここに集まってくるどうしようもない屑を
助けて満足するような柔い精神しかねぇ。そんな俺が、人殺しなんてできるはずないからな」
軍もお荷物を増やすだけさ、と男はさらに笑みを深くする。
「お前さん、資格とったのいくつのときだ」
「え?えーっと…12かな」
「考えてもみろ。いくら優秀だからといって、そんな子供が戦場で使えると思うか?」
そう言われて、どすんと重いものが腹に落ちた気がした。
考えてみればそうだ。経験も乏しい小さな子供を、激戦区に行かせてみろ。すぐに取り乱し
て何をするか分からない。命令を聞かず、味方にも多大な損害がでるかもしれない。
きっと、あの男はそれも計算に入れていたのだ。
「俺は軍医として戦地に派遣されるかもしれんが、こんな老いぼれにいくつ救える命がある
と思う。重傷の兵士が死んでいくのを黙って見ていることしかできない。そんなことは耐え
られんよ」
だから俺は、ここで自分ができることをして生きていく。
「…もうここには来ないほうがいい。お前のことを嗅ぎつけた奴らが何か企みはじめる前に
な」
何ももてなせなかったが、と言いながら男は立ち上がった。エドワードも立ち上がり、苦く
ほほ笑んだ。軽く握手を交わし、エドワードは庭を出て行く。ここは、自分のいるべき場所
ではないのだ。
「おい、エドワード、だっけか」
「ん?」
中尉になんて報告すればいいんだろ、と考えていたエドワードに、男がまた声をかけた。
「弟の病気、治るといいな」
「…ああ。治してやるさ!」
いつか必ず。
結局エドワードのしたことは、言ってしまえばただ単に勧誘に失敗した、それだけのことだっ
た。それでもそれ以上の何かを得られて、大人たちへの報告もそんなに悪いものにはならな
さそうだな、と何の根拠もなくそう思うのだった。


そして、数日ハブられ中の作戦室にたどりつく。結局外泊を繰り返しているアルフォンスに、
がつんと言ってやらねばと、エドワードはぐっと拳を握りしめる。
やれることはやったと思うし、今回の件で迷惑かけたんだからちゃん謝れば皆も許してくれ
るはずだ、と扉をノックしようと手をあげる。だが、また追い出されるかも、と思うと手が
止まって、ちらりとロイの執務室のほうを横目で見る。
回りから人が途切れたことのないエドワードは、また自分から中に入るということがどれほ
ど気力を使うものかよく分かっていなかった。列車であった男の子に、悪いことをしたよう
な気持ちにもなる。だが、残念ながら自分はそんな小さなことを気にしてはいられない。し
つこいって思われても、何度だって入ってやるぜ、とエドワードはよし、と顔を上げ、戸を
叩いた。
「エドワードだけどー、もう入っていいですかー」
なるべく明るく言ってみたが、返事がない。入りますよー、とゆっくりと扉を押してみる。
なんと、中は真っ暗だった。
「…誰か、いるのか?」
ぎいいぃ、と扉をもう少し開き、エドワードが中に一歩足を踏み出すと。
パンッパパンッ
「「誕生日おめでとう!」」
ぱっと明かりがついて、紙テープにエドワードはまみれた。ぽかんとしているエドワードを、
全員が大爆笑で出迎えた。その中でロイが天井から垂れさがった紐を引くと、ぱかっとエド
ワードの上のくす玉が割れてさらに紙吹雪が少年を襲った。
くす玉からひゅるひゅると細長い紙が下りてきて、エドワードの真上でぱしっと止まる。重
りをゆらゆらさせながら、頭上で揺れている。エドワードがそれを見上げると、15歳の誕生
日おめでとう、という言葉が躍っていた。
「兄さん!こっちこっち!」
いつも使っている机は片づけられ、代わりに簡易テーブルが置かれている。その上には結構
大きなケーキと取り皿と、買ってきた食事が並べられている。あと壁が紙かざりで装飾され
ており、窓にはわざわざ暗幕が張られていた。
「…た、誕生日…?」
「おいおい大将ってば、自分の生まれた日も忘れてるぜ」
ほらほら、と押し出されてエドワードはケーキの前に立つ。蝋燭がいくつも突きさしてあり、
数えると15本である。
「たーいさ!お願いしまーす!」
「煩い。そら」
ぱちん!とロイが指を鳴らせば、15本に同時に火がともる。よっ!人間ライター!と誰かが
ちゃちゃを入れたので、燃やすぞ、とロイが電気を消しながら言い返した。
そしてどこか音の外れた誕生日ソングが流れ始める。男たちののぶとい合唱だ。
「ほら兄さん、ふーしなきゃ!」
「ふ、ふー…」
何回かにわけて火を消すと、歓声が上がる。そしてさらなる馬鹿騒ぎが始まり、ハボックと
ブレダが俺たちケーキ入刀しまーすと言えば、ぎゃあやめろやめろ!と回りがまくし立てる。
じゃあ大佐も一緒に、とロイも巻き込まれ、なぜか三人でケーキを切り分ける始末である。
「任務御苦労さま、エドワード君」
その喧騒の中で唯一静かな声で、ホークアイ中尉がエドワードに笑いかけた。
「あ、あの…これどうなってんの?」
「つまりね、ここの準備のためにエドワード君にはしばらくよそに行ってもらってたの」
「そ、そのためだけ!?」
確かにくす玉の製作やら紙飾りやらケーキの準備やら、エドワードがいつも通り司令部に来
ていたらとてもできなかっただろう。通常の業務もあるのだし、ロイがこんなこと許すなん
て、とちょっと驚きながら、エドワードはやっと現実を受け入れ始め、じわじわと喜びがせ
り上がってくるのを感じた。体中がむず痒くなっていく。
「それで、どうだったの?」
「あ…うん…だめ、だった…」
「そう。よく頑張ったわね」
優しく頭を撫でられて、エドワードはそわそわと目を泳がせた。任務は遂行できなかったの
に、どうして優しいのだろう、と不安になってしまう。そんな心情を読み取ったのか、彼女
はただ一言囁いた。
「苦手なことに取り組んだことが偉いのよ。たとえうまくいかなくても」
人の気持ちを変えるのって難しいでしょう?と、エドワードのフードに入りこんだ紙吹雪を
とってやりながら、ホークアイ中尉が続ける。
「言っておきますけど、いくら迷惑かけられても、私たちがそれでエドワード君を嫌いにな
ることなんて絶対にないから、大丈夫よ」
そう言われて、うっ大佐かっとエドワードはぎろりとロイを睨む。その視線に気がついたの
か、ロイは口笛を吹きながらそそくさと逃げ出した。
「でもそう思うのはね、それだけきっと成長してくれてると思ってるからよ」
失敗から色んなことを学んで欲しいの。そのための迷惑なら、喜んで皆引き受けるわ。
大人たちが自分に、そんな風に考えてくれているなど知らなかった。嬉しいような、どこか
くすぐったいような。頭を掻きながら、エドワードもそっか、と頷いた。
「で、今回のことでは、何か学べた?」
「うん。とっても」
「あー!エドワード君が中尉にデレデレしてますよーっ!」
すっかり雰囲気に出来上がってきた大人の男たちに絡まれ、エドワードはデレデレなんかし
てねー!と突っ込んでいく。ケーキの皿を渡され、プレゼントにはハボックの実家の店から
身長が伸びるサプリメントセットとやらを贈られ、一通り一緒にはしゃいでから、仲良く騒
ぐ彼らの波から外れて黙々とケーキを食べているロイの元へと、エドワードはやってきた。
「よう、今回は、色々とやってくださったようで」
「なんの話かな」
こっそりハボックの分のケーキを横取りするロイの隣で、エドワードが唇を尖らせる。
「てゆーか、言いだしっぺ誰なわけ」
「アルフォンスだが」
「本当に?」
「本当に」
それだけでここまでするものだろうか、とエドワードは横目でまだケーキを食べ続けている
ロイを見上げる。
「…まあいいや。………あ、ありがと、な!」
次は一発芸大会やりまーす!という大人の男たちの中に、またエドワードは駆け足で戻って
いった。それを見送りながら、ロイは誕生日おめでとう、と背中に囁いた。
そしてエドワードは、今はホークアイと話しているロイを振り返って、少しだけ笑ってみせ
た。いけすかない奴から、ちょっといいところもあるけどやっぱりいけすかない奴に格上げ
だ、とあくまで上から目線である。そして、この人たちに返せるものがあるとしたら、それ
は自分たちが一日でも早く元の身体に戻ることなのだと、エドワードは再確認したのだった。



end


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