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「痛いって…湿布戻せよ」
ロイが患部に何をするつもりか分からず、エドワードははやくそこからロイの関心をそらそ
うと足を引くが、何を思いたったのかロイがその腫れあがった小指を、ぱくりと口に銜えこ
んだ。嫌な予感ほどよく当たる。
「ひあっいって、いったいッ!…やめろ馬鹿ッ…あっあっ…いっ…ああ、ん!」
足を取り戻そうと思い切り引くが、ロイががっしりと足首をつかんで離さないのと、前歯が
あたって痛いのの両方で、完全に手札を封じられた。さすがのエドワードも、ロイを機械鎧
の左足で蹴りとばすことはできないので、大人しく小指を吸われるしかなかった。
「あああぁ…いっ…んぁ…吸っちゃやだぁ…っ」
ちうちうと指を引っ張られ、痛みと熱が足先から伝わってくる。それから指の間を一本ずつ
丹念に舐められ、薄い皮膚を生ぬるい舌が這っていく。
「ふぁ…ああ…んっ…んん…ぁ…」
土踏まずを舐められてから吸われて、段々と上へと舌が上がっていく。足首を通りふくらは
ぎをなめ、膝裏を何度も往復する。下から上へと追い上げられるのは初めてで、こいつまじ
で変態じゃないのか、と顔を横にしてシーツを握りしめて耐えながら思った。
「足を舐められるのは、嫌いじゃないみたいだな」
「やめろよ…っ」
太股の内側をロイの掌と舌で柔く撫でられれば、自然に体温があがっていく。薄い皮膚で、
日光にほとんど当たらないのもあって、白い肌に赤い鬱血のいくつかが映える。
足への愛撫のせいで少しだけ立ちあがった性器を持て余して、エドワードはとっくに気づい
ているだろうに、そこには触れずに反対側の太股の肌に印をつけているロイを伺う。こんな
場所でするのは本意ではないのに、やるんだったらはやく、と思ってしまって、それだけロ
イと距離をおいていたのだと痛感した。恋人になってからこんなに長く離れたのははじめて
だった。いつもは家で穏やかに、時には少し強引に進められる行為が、職場の医務室で繰り
広げられる。ついにエドワードの望んだとおりに、ロイが中心を口で愛し始めた。一度も触
れていないのに軽く濡れそぼり、くぱくぱと小さく入口を収縮させていた谷間に舌を何度か
滑らせ、竿は手でゆっくりと扱いて完全に勃起させると、裏の筋をつつつ、と舌でたどって
は往復し、唇で挟み込んだ玉を舌で転がす。左右をきちんと順番に。先ほどとは比べものに
ならない嬌声がエドワードの口から流れるように零れて、それがまたロイの興奮をじわじわ
と高ぶらせていた。
「ああ…っや、だ…やぁ…だめ…っあ…」
さすがに場所のせいか、いつもより控え目な声だが、逆にエドワードが自分を抑えているの
を感じて、ロイは足を上げさせて、この後の準備をするべく舌をひくひく揺れている入口に
這わせながら内心不安になった。離れている間に、自分以外が彼にこんな真似をしたらと思
うと、心の底から粘ついた黒い感情が脳内までしみわたっていく。歳をとるにつれて、抱え
るものが増えるにつれて、失うことが怖くて動けなくなるのではないか。この子を失うこと
を考えるだけで、衝動に支配されてしまうのではないか。後先考えずに走り出してしまいそ
うな感覚に侵されて逆に全てを失うのではないか。少し離れただけなのに、いない間は抑え
込んでいる感情が、ここにきて大きな波となってロイの思考に覆いかぶさった。腕の中には
エドワードがいて、今は自分の思い通りになるというのに。
「あああぁ…っ」
エドワードの艶のある声で、ロイは我に返った。どうやら随分と焦らしてしまったらしい。
小さな身体が思いだしたように時折ひくつく。起き上って上から見下ろせば、すっかり潤み
きった瞳が不安そうにロイを見上げてきた。無言でもくもくと愛撫されれば、何か怒ってい
るのかと考えるだろう。怖がらせてしまったかな、と反省しながら、安心させるように笑い
かけた。
「そろそろ、入れようか」
「ん…。でも、これだけじゃ…たぶん、はいんないよ…?」
潤いが足りない、という意味である。ロイは心配ないよ、と軽くおどけてみせ、先ほどこっ
そり持ってきておいたものを取りだす。パッケージに大きな文字で、ワセリンと書かれてい
た。
「いつとったんだよ…」
「君が見てないとき」
適量を指に乗せ、しっかりエドワードの入り口と中に塗りこんで、準備は一通り終わった。
よくよく見れば、エドワードの表情はすっかり発情した、この歳の子には不釣り合いな色気
を滲ませていた。久しぶりの行為へのちょっとした恐怖と混ざって、ずっと見ていたいとロ
イに思わせるほど鮮やかだった。両足を抱え込み、穴を指で広げて、性器の頭を少しだけ挿
入する。
「ん…っ」
「深呼吸して」
すー、はー、と胸が上下する。力が抜けるタイミングを推し量りながら、少しずつ奥へ奥へ
と潜り込んだ。エドワードの身体の中に入り込むたびに彼の表情が険しくなる。ようやく全
てを収めると、まるで一仕事終わったかのような充足感に満たされた。時間が空いても、き
ちんとエドワードはロイを受け入れることができて安心したようだった。しばらくは動かな
いでこのままでいたい、と他の相手では絶対に思わないようなことを考えながらエドワード
の背中に腕を回して抱きしめる。なんだこれだけでいいんじゃないか、と幸福で胸が満たさ
れる。お互いが不安に思うようなことは何一つない。身体を重ね合わせるだけで良かった。
寂しさや、見えないものへの嫉妬や、自分への不信感も全て凌駕して指の先まで温かさが満
ちる。愛しさが溢れそうになるのをそのまま、その顔に口づけることで逃がしていった。
「…たいさ、足舐めた口はやだ」
ぐい、と顔を押しのけられて、ムードの欠片もないと思いつつ彼らしい発言に笑いをこらえ
た。今笑うと振動が辛いからだ。
「足どころの話じゃないぞ」
「へんたいめ」
「気持ちよかったくせに」
いいから動けよ、と照れくさくなったのか、エドワードがもぞもぞと腰を揺らす。ロイは分
かってるよと答えて様子を見ながら抜き差しを始めた。苦しそうにしていたエドワードも、
段々表情が先ほどと同じように戻ってきて、いやむしろもっと頬を紅潮させて、じんわりと
涙を目尻に浮かばせながら感じているように見え始めた。唇から洩れるくぐもった声が最後
の理性がまだ途切れていないことを示している。膝裏に手をいれて、足を胸に押し付けさせ
ると、息苦しいのか口がさらに開く。じっくりと様々な角度で責め反応を伺いながら動きを
速くしていく。
「あっ…んっあ…はぁ…っあ、ん、んっ」
「はぁ…。辛くないか…?」
ロイの問いかけに、ただ黙って頷く。速度を緩めたり、また激しくしたり、小刻みに動かし
たりと、ロイの経験のなせる技に翻弄されながら、エドワードは大きな声をあげないように、
彼にしがみついて肩に頭を埋めた。
「ああ…ん……ふぁ…んぅ…」
ゆったり動かしているときは強請るような間延びした声が微かに漏れる。また段々と激しく
してやれば、鋭く短い悲鳴が湿った空気を震わせる。それを交互に繰り返すと、我慢できな
くなったエドワードがロイの腰に足を絡ませてきた。
「うあっ…ああぁ…っも、あ…ッ…ろい、イきたい…」
名前を呼ばれて、耳元でお願いされれば、ロイも絆されてしまう。そうだね、と頷いて、じゃ
あ一緒にイこうか、と聞くと、こくこくとエドワードは頷いた。二人の動きに合わせて軋む
パイプと衣擦れの音。その間を縫うような荒い息遣いが医務室の一角に漂っていた。
「んぅ…っもお、イ、く…っイ、あっああっ…ん、ああ―ッ!」
びくん、と一度大きくのけぞったかと思うと、エドワードがロイを強い力で締め付けた。ロ
イも不意を打たれて、うっと呻く。どくどくと体内が濡らされていくのを、エドワードは半
分放心したまま感じていた。自分の腹や、いちばん遠いところでは胸まで飛び散った精液が、
息を整える度に肌の上で揺れていた。ロイが気だるそうに身を起こして、ベッド脇のティッ
シュでお互いの身体を清める。余韻に浸って二人ともぼーっとしながら、後始末を終えた。
脱ぎ散らかされた服をまた着させられて、小指の処置もきちんと元に戻されるころ、エドワ
ードはようやくいてて、と顔を歪めながら起き上った。ロイも自分の衣服を軽く整えている
ところだった。
「…なんかさ、久しぶりの割には、あんたちょっと余裕だった…?」
途中別のこと考えてただろ、と半眼で見つめられて、ロイは知らんぷりをする。
「君がここでやらせてくれたからね。あと30分家まで我慢していたら、どうだったかな」
ふふ、と笑って見せると、エドワードがそれはそれで嫌だな、と靴をはき始めた。右足は殊
更慎重に。
「あんたまじで玄関閉まった瞬間とかに襲いかかってきそうで洒落になんねーもんな」
「お望みならいつでもやってあげるよ」
「結構です!」
それは残念、と一人換気のために窓を開けながら、いってー、と呻いているエドワードに小
指か、と尋ねると腰だよ!と怒られる。全く気が短いなぁ、と聞こえるように言ってやると、
あんたが悪いんだろ!とすぐさま声が返ってきた。すっかりいつもの二人である。
「運動して腹が減ったんじゃないか?何か食べに行こう」
そういって帰る仕度をするロイの袖を、エドワードが引っ張った。ロイをベッドに座らせて、
こつん、と肩に額をあてる。
「…疲れたから、もうちょっと休みたい」
まだ甘えていたいのだ。ロイに寄りかかっているエドワードを、胸に抱いてやる。べ、別に
ここまでしなくていい、というエドワードにいいから、と言ってその背を撫でながら、今日
何度目か分からない笑いをこらえる。予想外に会えない期間があいたら、予想外に恋人が、
可愛くなって帰ってきた。きっと今日限定だろうな、とロイは思いながら、家に帰ってから
の予定を練り直しはじめるのだった。


end

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