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期間限定 Limited time offer

仕事が終わってエドワードを資料室に迎えにいく途中、廊下でばったりと出くわして、ロイ
はおっと、と一歩下がった。曲がり角のところでぼすん、とロイの胸にぶつかったエドワー
ドは、鼻いて、と顔を押さえながら、ロイを見上げてきた。
「いたいじゃねーかよ、どこ見て歩いてんだ」
「すまないね」
君がちょっと小さすぎるんだよ、とは機嫌を損ねるので言わない。今日は些細なことでも喧
嘩はしたくなかったからだ。元々二カ月の予定の旅が、三か月半までずれ込んだのだ。思っ
た以上に我慢を強いられたロイは、はやく家に彼を連れて帰りたくて仕方がなかった。では
行こうか、とエドワードに話しかけると、おう、と少し視線をそらした彼は曖昧に頷いた。
久しぶりにあったから、距離感を少し計らなければならないのだろうか、とその視線の意味
を考える。自分たちは毎日顔を合わせることができるような幸福な恋人同士ではない。随分
間が開いてしまったから、照れているだけだといいけど、と思いながら連れだって司令部内
を歩いていると、なんだか隣を歩くエドワードが、ひょこひょこしている。こんな変な歩き
方をしていただろうか。右足にあまり体重をかけないように、ひょこっひょこっとロイに少
し遅れを取りながら後をついてきていた。
「…」
ロイはしばらくその、謎のひょこひょこ歩きを観察していたが、うーんと記憶を巡らせた。
昼間はなんともなく、普通に歩いていたはずだ。立ち止ると、エドワードが不思議そうにし
ながら一緒に立ち止った。
「どうしたんだよ」
「こっちの台詞だよ」
ふう、とロイはエドワードの右足を見下ろす。
「足、どうかしたのかね」
「え?別に…なんでもねえけど」
さりげなく左足の後ろに右足を庇うエドワードに、本当に?とずいっと詰め寄る。本当だっ
て!という彼の右足の先を、ぎゅむ、とロイの軍靴が踏んだ。
「いったーっ!」
踏んだ、といっても、軽くのせた程度である。だがエドワードのその痛がりように、ロイは
はあ、と頭を掻くと、ほら医務室行くぞ、と彼の腕をひっぱった。
「大丈夫もう治ったからはやく帰ろうぜ大佐っ!」
「だめだっ!一体この短時間にどうして怪我ができるんだ!」
ぎゃーぎゃーいいながら廊下を歩く国家錬金術師の二人は、もはや東部の名物である。ほら
はやく来なさい、とぐいぐいエドワードを引っ張るロイと、壁をがりがりとひっかきながら
やだやだぜってー行かないからなー!と踏ん張るエドワードの力の均衡は、やはり大人の方
に軍配があがり、エドワードはずりずりと医務室へ連行されたのだった。


「ぶつけたのかね?」
老軍医がエドワードの、右足の小指を見てそう言った。他の指と比べて、いちばん小さいは
ずの小指が赤くはれ上がって膨らんでいる。その内側は逆に青く内出血しており、本でも落
としたのか、とエドワードの後ろでロイは額を抑えていた。
「えっと…本棚の角に…ちょっと…」
恥ずかしそうにそう言ったエドワードに、うんうんと穏やかに頷いて、しばらく触診したあ
と、なにやら書類に書き込みながら軍医は彼らに柔らかく説明した。
「骨は大丈夫みたいだね。でも治るまで二週間くらいかかりますよ」
それまでちゃんと手当てしなさいね、という彼に、エドワードが素直に頷く。簡単に湿布の
上から柔らかなテープで指を二本合わせて包んで固定し、負荷があまりかからないようにす
る処置を終えて、うん、と彼は満足そうに頷いた。
「では私はこれから中央の会合に夜行で行かなくちゃならないから、マスタング大佐、鍵を」
「え?別に俺たちもすぐ帰るし」
「いや、お話があるみたいだよ」
訳知り顔、とでもいうのだろうか。穏やかな瞳を丸い眼鏡の向こうで細めて、ぽんぽんとエ
ドワードの頭を撫でてから、彼はロイに医務室の鍵を託して出ていった。
しばらくロイは何も言わず、エドワードも何を言われるんだろうか、と黙っていたが、元々
はっきりしないのは性格的に苛々してしまうエドワードである。靴を履き終え、もぞもぞと
落ち着かなそうにしていたが、ついにロイを振り返ってこう言った。
「なんか話あんならはやく言えよ。気になるだろ!」
「別に大したことじゃない。どうして怪我を隠そうとしたんだね」
ロイは先ほどまで軍医が座っていたいた丸椅子に、エドワードと向かい合うように腰を下ろ
しながら言った。
「…か、こ、…わるかった、から…」
「本棚に小指をぶつけるなんてよくある話だろう」
まあ素直に言われたらからかってたと思うけど、と心中でごちながら、ロイは片肘を机に着
いて続ける。
「君は私の前では何も我慢する必要はないんだから、格好悪いとか小さな理由でそんなこと
を隠そうとするんじゃないよ」
「……ぅ……おぅ…」
うつむきがちにこく、と頷いたエドワードに、よし、とロイが先ほどの軍医と同じように彼
の頭をなでる。今日はなんか子供扱いされてばっかだ、とむくれているエドワードに、じゃ
あ帰るか、と言いだそうとしたロイだが、先にエドワードが口を開いていた。
「…はやく帰りたかったんだ」
「ん?」
ぼそっと、でもロイにぎりぎり聞こえる声で、エドワードはそう言った。
「二カ月、の予定だったのにさ…こんなに長引くと思ってなくて。…こんなに会えなくなるっ
て思ってなかったから…その…さみし、いや、えっと…違くて…今のなし!」
「…」
足の間で丸椅子の縁をつかんで、背中を丸めている彼が、目を伏せてぶつぶつと言葉を紡ぐ。
「だから…早く帰りたかったんだ!」
それでなぜだからに繋がるのかよく分からない説明をして、はい、おわりおわり!とエドワ
ードは話を打ち切った。普段は素直になることがあまりない彼が、うっかり寂しかったとこ
ぼしたことに、ロイは思わず机に突っ伏していた。
「お、おい大佐?」
何も言わないロイの頭を、エドワードが機械鎧の指でこつこつと叩く。
「…いや、びっくりしてね」
少しだけ顔をあげてエドワードを見上げたロイの、前髪がさらさらと流れていく。
「大佐、ちょっと顔、実は赤い…?」
「君のせいだぞ」
「まじで?」
やった、というエドワードは、先ほど照れながら話していた自分のことは棚にあげて上機嫌
だった。そっか大佐、赤くなってるんだ、と珍しいものでも見るようにロイの頭をつつきま
くる。やめなさい、と振り払うと、面白がって笑いだした。そんなに嬉しいのかね、と顔を
あげながら言うと、うん、と満面の笑みが帰ってきた。
「大佐が赤くなるのレアだぜぇ、見せろよ」
「見せろよって、君ね」
君の寂しい発言も、私の中ではかなり希少価値なんだが、と思いながら、ロイはエドワード
の両腕の下に手をいれてよいしょ、と抱き上げ、膝の上にのせた。さりげなく右足を庇うの
も忘れない。
「なにすんだよ。おろせよ」
「だめ。帰る前に先に補充させなさい」
君だってそうしたいだろ、とロイに言われて、エドワードは返事をしないかわりに、ぽすっ
とロイの肩に頭を預けた。
「別に、俺は平気だけど、大佐がそうしたいならつきあってやってもいいぜ」
「はいはい」
ようやく不遜な態度に戻りつつあり、やはり彼はこうでなくては、とロイはエドワードに見
えない位置でくつくつと口の中で笑っていた。
「ついでにしていくか。ベッドもあるし」
「ん?」
背中と膝の裏に手を入れられ、エドワードの視点がぐらっと傾いた。わっと驚いてロイの肩
にしがみつく。不安定な移動はすぐに終わった。ベッドにぽす、と下ろされて、回り覆うカ
ーテンをロイがしゃーと閉めていく。
「な、なにすんの大佐…」
「決まってるだろ」
軍服の前を開いてシャツの首元を緩めるロイは本気である。身の危険を察したエドワードが
今更ベッドの上で逃げ出そうとしても、はしっと右足首を人質にとられ、ずるずると引き戻
される。
「ちょっ俺は怪我人だぞ!」
「ちょっとだろ」
「二週間!二週間のけが!」
「その程度ですんで良かったな。ヒビ入ってたら二カ月だ」
左足からブーツをすぽんと抜き取ってベッドの下に。さすがに右足を脱がすときは丁寧だっ
たが、足の間に割り込んできたときは既に笑顔の威圧が無言でエドワードを追い詰めてきて、
嫌な汗が体中に滲んできた。
「悪化したらどうすんだよっ!」
「さあ。長い旅だったんだし、しばらく滞在したらどうだ」
肩を押さえてエドワードをベッドに押し倒して、三つ編みをしゅるしゅると解いてしまう。
後の残らないその髪を解きほぐしながら、ロイはエドワードの頬に唇を滑らせた。
「今日車じゃん!家まで5分だろ!」
「そのほか諸々の所要時間を含めればベッドまで30分だ」
「が、我慢しようよ!」
嫌だ、と笑ってタンクトップを引きずり出して、その裾から手を忍び込ませる。
「君も寂しかったんだろう?ならいいじゃないか」
「そんなこと言ってないっ!言いかけただけだ!」
「同じだよ」
ほんと面白いな、と肩を震わせながら、上着を脱がして、万歳させた腕から上半身の衣服を
取り除いて適当に放る。
「私も逢いたかったよ」
「…あ、う…」
ロイから素直にそういってやれば、エドワードは何も答えられない。そう、無駄な意地をこ
ちらから張らない限りは、エドワードはなんとも扱いやすい子なのだ。元々等価交換を重ん
じるところがある彼は変なところで律義で、好意には好意を返さなければならないと思って
いる部分もあるようだ。見ていて飽きない。ついからかって拗ねさせてしまうこともあるけ
れど、エドワードは今日は拗ねるのも面倒なのか、ふぅと息をついて大人しくなった。
「久しぶりだね」
「ん…」
首筋から鎖骨に降りていき、指の腹で乳首の回りに意識を持っていきながら、逆の手でベル
トをゆっくりと外す。鼻にぬける声をだしながら、上半身の愛撫に感じているエドワードの
預かり知らぬところで、じじ、とファスナーが下ろされ、下着が覗く。やわりとその上から
触れてやると、ぴく、とエドワードが閉じていた目を開いた。
「た、いさ…下着、替え、ないから…」
「じゃあ汚す前に脱いでおこうか」
「あ…っ」
するするとズボンごと引きぬいて、いつのまにベルトが抜かれていたのかも分からなかった
エドワードは、全裸にされたことに恥ずかしくなって身体を隠そうとする。何しろロイはま
だ上着の前を開けただけなのだから、焦るのも当然である。まだ仕事をしている軍人、たく
さんの人の気配がする司令部で素っ裸な自分が異質で、縮こまるエドワードを宥めるように、
ロイが覆いかぶさって耳を甘く食む。
「も、あんたも脱げよ…っ」
「脱がせれば?」
君も脱がせてもらったんだし、と言いながら乳首を押しつぶし、エドワードの反応を楽しん
でから、ロイは両足を抱え、膝を胸につけさせた。右足にまかれた湿布だけが、今エドワー
ドが身につけている唯一のものである。
「そういえば、さっき怪我の具合はよく見えなかったんだよね」
「ん…?」
ぺり、とテーピングを剥がして、あとで貼り直せるように綺麗に剥がす。何してんの、とエ
ドワードが戸惑うのもつかの間、ロイはうわぁ、と小指に顔をよせた。
「なんだこれは、すごく腫れてるじゃないか。よくもこんな」
「し、仕方ねぇだろ」
根元が短い指先まで真っ赤になり、内出血している部分は黒ずんでいる。他の指は可愛らし
くいつもと変わらないのに、その指だけ人間の身体が確かに生きていると実感するどす黒さ
だ。このまま腫れ続けたら第三の親指になってしまうのではないかとロイはじろじろと観察
しながら言った。


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