Story


始まりにキス



 レミエルを目覚めさせたのは優しく鼻孔を擽る甘い香りだった。
枕元にある、眩しいくらいの桃色の果実。
 昨晩は口にしようとしたところ、ノウィに頑なに阻止されたのだ。
その時は真っ赤だった実が食欲をそそったのだが、小さな身体を精一杯に使ってレミエルを止める仕草に負けてしまったという訳だった。
 ノウィ自体は昨夜また窓から去っていったので、今この部屋には当然ながらレム一人だけがいた。
 普段通りに身支度を済ませ、昨日と同じように街へと奉仕活動に出かける。
ノウィもといセオンからの贈り物の桃色の実も、とりあえず布に包んでバスケットに入れてきた。
ノウィに止められたため、これををどう活用すれば良いのやら。

 出掛けてから気付いた事は、この桃色果実の香りの強さ。
決して不快なものではなくて、ほど好く甘くて爽やかな香りがレミエルを包んでいた。
しかしさっきから、擦れ違う人がレミエルの方に振り返っていた。
怪訝に思いつつも、街中を歩き続ける。

「お姉ちゃんお姉ちゃん、」

 修道着の裾を左側から引かれた。かなりの力で引っ張っていた為に軽くバランスを崩しかける。
引っ張られた方を見てみると大きな黒目がそっくりの、子供がいた。
二人は仲良く手を繋ぎ、背の高いのは女の子で、そのもう片方の手はレミエルの服をはっしと握っていた。
特に見覚えはない子供達に少し疑問を覚えながらも、目線を合わせようと膝を屈める。

「はい。どうしましたか?」

 レミエルが屈むと、男の子はバスケットに顔を近付けてた。
少女はレミエルを見据えたまま、悪戯っぽく笑った。

「お姉、メルベ!メルベの匂い、する!」

 男の子はキラキラと目を輝かせながらレミエルのバスケットを指差す。
その指先、レミエルは手元のバスケットに目を向けた。その中で話題に該当しそうなものを探す。
そして昨晩ノウィから譲り受けたときのまま包まれていた白布を開いた。
その瞬間、甘く爽やかな、独特な果実の香りが弾ける。

「お姉ちゃん、それ誰かにもらったの?」

 爛々と目を輝かせて、女の子はレミエルを見る。
弟であろう隣の少年は果実に釘付けで、今にも涎を垂らしそう。
その雰囲気に若干気押されつつも、レミエルは答えてやる。

「お友達のリスさんにもらったんですよ。」

 正直な所、セオンさんからと答えるべき?と少しだけ迷ってしまった。
でももしかしたら、ノウィが独断で持って来てくれたものかも知れないし、実際届けてけれたのはノウィだったから、質問の答えとして間違ってないはず。
と、レミエルは自問自答して自己完結。

「そのリスさんって、」

「こんなトコにいたのかー?」

 今まで登場してなかった声が突然降って来たので、その場の3人が同時に顔を上げた。
ぽん、と子供二人の頭に手を乗せて嘆息していたその人。
何かを言いかけたその子の言葉は自然と途切れた。

「セオン兄!」

 少女の目がぱあっと一段と大きくなる。弟(であろう)の方は嬉々として兄と呼ばれた彼の足に引っ付いていた。

「セオンさん?」

「おう!レム。おはっよう!」

 おはようございます、とレミエルも答えた。
にっと笑ったセオンは、足に巻き付いて甘えてくる男の子を抱き抱えてやる。
 どうしたんだろうと口に出さず目で訴えると、それを知ってか知らずか、セオンは軽く腰を屈めた。

「こーら、お使いの途中だろ?
寄り道ばっかして、母ちゃん心配させんなよ。」

 咎める口調で、しかし優しい手つきでぽんぽんと少女の頭を撫でる。
はあいと元気な声で返事して抱えられている弟に手を伸ばすと、素直に男の子はセオンの腕から降りてきた。

「それじゃあ、またね!セオン兄、お姉ちゃん!」

 ぱたぱたと小さな手を振る。仲良く手を繋いだ二人がてくてくと駆けていった。
姉弟の姿が見えなくなるまで、セオンとレミエルも手を振り続ける。
 角を曲がり建物に隠れた所で、同時に顔を見合わせた。
緊張の糸が切れて、ふっと息を吐く。
それからどちらともなく笑みを零し、声を出して笑った。
セオンの頭の上にいたノウィが、セオンの肩・腕から跳び移ってレミエルのカゴの中に飛び込む。
更にそこから顔を出し、軽やかな足取りでレミエルの腕を上りきり、ちょこんと肩に鎮座した。
甘えて擦り寄ってくるノウィにくすぐったさを覚え、微かに身じろいで目を細める。
 ひとしきり笑いが止まりかけた頃、セオンがふと気付いたように目を丸くする。

「レム、まだ食べてなかったのか?」

 レミエルはセオンの問い掛けに上手く反応出来なくて、セオンの目線を辿るとその先にはレムの手の中。
白い布の上の赤が太陽の光をキラキラと反射する。
 セオンはその中の一つを摘み、レムの口元に持っていく。

「むぐっ!?」

 咄嗟に何か言おうとして開いた口の隙間に赤いそれをぐっと突っ込まれた。
しかし変わらず、セオンの指はメルベの実を持ったまま。

数回の瞬きの間の沈黙。
もしやと察してレミエルは恐る恐る顎を動かす。
と、それまでにも十分に漂っていた果実特有の甘い香りが、より一層に口の中に広がった。
それと同時に酸味と甘味がふわっと伝わって、レムの目がもっと大きくなる。
 頃合いを見計らってレミエルから手を離し、セオンはそのまま自分の指を口元に運んだ。

そしてそのまま、残りを、食べた。
ぱくりと食べた。
ごくごく自然に、当然のように。

 二人共が黙ったまま口をもごもごと動かす。
その内に、レムの表情が変化していく。
色白の頬が瞬く間に健康的すぎるほどの血色になり、その勢いで琥珀色の眼はもう涙目だった。

「あ、悪い。昔からノウィにこうやって食わしてやってるから…。」

 きょとんと呆気にとられて目を丸くするセオン。
あちこちに視線をやり、所在なげに後頭部を掻く。

「あのっ、えっと、大丈夫です、からっ…!」

 レミエルはふるふると二度首を振った後、潤みの残る目で見つめた。
ぽかんと呆け、その次の瞬間にはセオンは意識的に笑顔を見せた。
少しでもレムが安心するように。

「あ、じゃあ、俺もう行くな。」

 そう言うと、レミエルの肩に乗っていたノウィが軽やかにセオンの肩に跳び移った。
自身の左肩の毛玉の感触を左手で確かめつつ、もう一度じゃあと言ってレミエルに背を向ける。

と、言うが速いか、残像を残して走り去った。
セオンの起こした突風に晒されたまま、レミエルは呆気に取られるがはっと我に帰って何度か瞬きした。
 手の平の中の果実を見つめ、その香りを目一杯吸い込む。

太陽の恩恵で暖められた北風がトーヴェの街に吹いた。

始まりにキス


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