Story


はんぶんこ



セオンは今か今かとこの日を待ちわびていた。ギルドの長として働く唯一の肉親である父親が、世界連邦の会合から帰ってくる。
普段は顔を合わせればきゃんきゃんと喚き立てるセオンだが、まだ5歳という年の為かやはり寂しく感じるものらしい。ギルドのバーカウンターに腰かけて、朝食のミルクとトーストを頬張っている。いつも以上に食べる速度が速く、ちらちらと出入り口を気にかけていた。

 しかし、待てども待てども父親ゼオルは帰ってこなかった。時折、ギルドの人間がセオンに声をかけていく。あり者はからかい、ある者は励まし、またある物は無理やり笑わせようともしてきた。
それでもセオンの気分は落ちる一方で、耳の少し上の辺りで跳ねている髪の毛が、心なしか犬の耳のように垂れてしまっている、ように見える。
 そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎていき、外は真っ暗。夜も更けてしまっていた。朝と同じ場所からほとんど動いていないセオンは、カウンターにっ突っ伏して、帰らぬ街人を未だに待っていた。もういつもの就寝時間をとっくに過ぎているため、もう少年の体力は限界に近かった。眠いけど待っていたい、そんな思考が働き、帰りの遅い父への怒りが相まって小さくぐずぐずとぐずり始めた。目の前には彼の大好物のミルクビスケット。セオンを心配したギルドの数人からの奢りだったのだけれど、それも目に入らない位に小さな頭の中は父親でいっぱいだった。

 とその時、夜中だというのに近所迷惑もお構いなく魔動バイクの音が轟く。これこそ、ゼオルが帰ってきた証拠。はじかれたように顔を上げたセオン。一目散に扉に向かって駆け出す。ギルドの中はこんな時間にもかかわらず人でごった返しており、その人の間を器用にすり抜けていく。

 バン!と豪快に扉が開いたのと、セオンがそこに到着したのはほぼ同時。

「おぅ野郎共!帰ったぞ!」

 セオンと同じ茶髪の、長身の男が大声を上げて入ってきた。ギルド内の方々から、ギルドマスターの帰りを歓迎する声が飛んでくる。わいのわいのと全てが混ざり合って何が何やらわからない騒音と化してしまっているが、男はそれを笑って受け取った。
 それから、目の前にいる小さな姿に目を向ける。

「おぅセオン、ちったぁでかくなったか?」

「うるせぇなぁ!10日くらいででかくなるか、よ…」

 ぐりぐりと押さえつけるように力加減なく頭を撫でられる。正直痛いのだが、何度言っても直りはしないし、セオンは嫌ではなかった。それに、父の不器用な愛情表現とも分かっていたのだから。
 ただ、セオンの言葉は本人も思いがけず途切れる。
と言うのも、ゼオルの傍らにもう一人いたのだ。澄み切った夏の青空をそのまま映し取った髪色、それも足元に届きそうなほどに長い。夜の深い闇の中でも光を放っているかのように鮮やかに見えた。その背はゼオルの腰にも及ばず、彼の膝辺りにしがみついている。
セオンと同じくらいの年の女の子。父親が見知らぬその少女を連れて来た。

一日中待ってたのに。
自分の子供より、他の子供の方がいいの?
だから、帰ってくるのが遅かったの?

 待たされた分、寂しかった気持ちが疑念になり、怒りを生み出す。
ぐっと唇を噛み締め、セオンは下を向く。
抱きつかん勢いだった息子が急におとなしくなっていしまったので、ゼオルはセオンの顔を覗き込もうとした。

「セオン?」

 顔を見られまいと、セオンはぐわんと腕を振ってゼオルを追い払う。ゼオルも思いがけない行動に、一瞬たじろいだ。きっと睨むセオンの目は少し赤くなっていた。

「バカ親父!お前なんかもう知らねぇよ!」

 セオンはぎゅっと目を瞑り、広いギルド内に響き渡る声。言ったが速いか、セオンはだだっと駆け出し、階段の3階まで上ってすぐの扉の中に消えた。
 ゼオルを除くギルドメンバー全員は、あぁ…とセオンの気持ちを汲み取り、複雑な表情で少年の入っていった扉を見つめる。当の本人は訳が分からず、がしがしと自身の後頭部をかきむしる。不思議そうに見上げて来る女の子の頭を撫でて宥めた。
 久しぶりに顔を見られて嬉しかったというのに、この仕打ち。ゼオルの口から自然と溜め息が出る。

「何だってんだよ…。」

 誰も答えない空間に、呟かれた言葉は虚しく気まずい空気に混ざって消えた。

セオンの座っていたバーカウンターの席には、半分に割られたビスケットが1枚。


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