Story


小鳥に伝言



 とっぷりと更けてしまった夜。レムは修道院の自室にいた。
もう少ししたら休もうかと考えつつ窓を開けた。ぴゅう、と風が入り込む。
 窓枠に手を付き、身体を乗り出して紺色の空を見上げた。雲がなくて、星だけがきらきらしている。
少しだけ冷たい空気を肺に入れては戻し、今日一日の出来事を回想した。

「セオンさんとノウィちゃんに、ひどいことをしてしまいました…。」

 瞼は下がり、その少女の目の下を影で暗くした。



 あの後、レミエルが泣き止んだ後、太陽は西の地平線から来たくを始めていた。
 楽しい会話の途中に吹いた、やけに薄ら寒い風。
その風が教えてくれたのは(正確には我に返ったレムに教えてもらった)、ロトメア教の修道院の門限が太陽が沈みきるまでだという事。
はたと気付いた時には肌寒さが誘ったくしゃみが一つ。
地平線に少し接した太陽がきらり。


「急げっ!まだ間に合うって!」

 セオン達がいたのは街の中心部から20分ほど歩いた、だだっ広い草原地帯。
これからもう少し暖かくなれば、ピクニックを楽しむ子供達でいっぱいになるだろう。
 その中の少し土を盛って高さを増した丘のてっぺんにいたものだから、急ごうと逸る足元が覚束(おぼつか)ない。
それに加えてレムの修道着はヒールのあるブーツだから、殊更に危なっかしい。

「セ、セオンさんっ速い、ですっ」

 レミエルは自分の1mほど先を走るセオンに付いていくのに精一杯だった。
 普段から目一杯に身体を動かしているセオンと修道院で奉仕をしているレミエルでは運動量が違いすぎる。
案の定、レミエルはいつもなら転ばないような小石に足を取られた。

「きゃっ…!」

 坂の下りでの転倒。身体の重心が前方に傾く。
咄嗟に腕を前に伸ばして防御の体勢を取った。絶対に痛い!耐える為に目をしかと瞑る。

「レムッ!!」

 セオンの呼ぶ声が聞こえた。その直後に、ドスンと何かにぶつかった衝撃音。
 想像していたのと違う感触を訝しく思いながら、レムは徐々に目を開いた。
 レムの身体はしっかと固定されていて、右耳からはドクンドクンと絶え間無く打ち鳴らされる鼓動。
 鼓動が響く度に、今の状況を把握させられていく。
どうすれば良いのか分からず、レムは自分の手をセオンの腕をぎゅ、と握った。

「レム、大丈夫か?」

 ふと顔を上げたレミエル。垂れる茶色い前髪が目の前で揺れた。
ばちり。
避けようなく視線がかち合った。はっと息を吸う声。
 次の瞬間、ふわっと身体が浮く。

「急げっ!まだ間に合うっ!」

 さっきレミエルが下った時より断然速い。
顔のすぐ横から聞こえる吸っては吐く規則的な声と背中・膝の裏の堅く柔らかい腕。
いわゆる女の子の憧れ、お姫様抱っこ状態。レミエルの脳内は事態の収拾不可能で、ただただ真っ赤にな顔で目を閉じた。

 あんなに遠くだった市街地の建物が今や眼前に。
教会の場所は街で一番高い建物の大時計台のすぐ傍にある。
幸か不幸か、セオンは近道であろう路地を利用した事で短時間で、ほとんど人の目に触れず時計台の裏側にまで辿り着けた。
あとは一つ角を曲がれば教会の裏口まですぐだった。
今いる時計台裏側はすっかり暗がりになってしまったけど、空の色はまだ光を保っていた。例えるなら水色に鼠色を一滴加えたような。
何とか門限に間に合った。
 そっとレムを地面に着地させ、セオンは軽く身を屈めて目線を同じに合わせた。

「足、痛くないか?歩けるか?
こっからはレム一人で行った方が良い。」

 右肩に置かれたセオンの手に軽く力が篭る。
レムは足踏みして調子を確認。
違和感なく動くのでレムはセオンに頷いてみせた。

「平気です。あの、本当にありがとうございましたっ。」

 深々と頭を下げレムは笑って謝礼する。

「そんな事いいって!」

 早く行けよ、とセオンは笑ってレムを押し出す。
躊躇いが邪魔して、動き出せない。もっと何か言わなきゃ、と心ばかりが焦る。

「あの、」

ゴーン ゴーン ゴーン....

 レミエルは、はっと息を飲んだ。眉を顰め、口を閉じる。
言いたいことを何とか丸ごと飲み込んだような感じ。
 ここで立ち止まってしまったら、セオンの厚意全て無に帰してしまう。
 レミエルはくるりと踵を返し、セオンに背を向けて走り出す。
カツンコツンと打ち鳴らされるヒールとレンガのテンポはやけに速かった。


「結局、ちゃんとお礼言えず仕舞いになっちゃいました…。」

 思い出してみても情けない上に失礼極まりない。
しゅぅぅと気持ちと一緒に、レミエルは窓のサッシに腕を寝かせ身を屈める。
少し高くなった夜空を眺めて、ため息。
 後悔を止めて次に頭に浮かぶのは、あの時の脈打つ鼓動。
 ぼぼっ。効果音付きでレミエルの顔が赤に染まる。
あ、あれは不可抗力で、セオンさんだって何ともなかったじゃない!
 誰に見られる訳でもないけれど目を閉じ両手で顔を覆って隠した。
 それから小さな風がぴゅうっ。
そろそろ閉めようかと窓枠に触れた時、初めてレミエルは目の前の来訪者に気付く。

「ノウィちゃん…!?」

 昼間と同じ、あちこち土で汚れ塗れのノウィだった。
キュッ!

 ぴこっと毛長の耳を立ててノウィは返事する。
両手に収まる程の小さな体で頑張って走ってきたのか、堪えず身体を上下に揺らしている。
思わず抱き上げそっと撫でてた。
 わ、ふわふわ…!やわらかい!
ノウィが楽になればと思って撫でていたのに、逆にこちらが癒されてしまっていた。
 ふと、レミエルは何よりの疑問に行き当たる。

「ノウィちゃん、どうしてこんな所に来たんですか?」

 もしかしたらセオンと逸れて迷子になってしまったのかも知れない。
もしそうなら、夜遅くにこんな小動物を街の中に放り出すなんて事はレミエルには出来ない。
 宥めるようにノウィの頭のてっぺんにある二つの耳の間を、レミエルはこちょこちょと指先で撫でた。
するとノウィは突然自らの背中をレミエルの目の前に向けてきた。
 首輪代わりにも見える首に巻かれた小さな赤いリボン。
それとは別にもう一つ、今のノウィは身体には結び付けられているものがあった。
元は四角い布の対角線の端で包み、残りの端二つでノウィの身体に括りつけてある。

「これ、何ですか?」

 身体を上下に揺らして、ノウィはそれだそれだと急かす。
遠慮がちにレミエルは包みに手をかけた。


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