ザァァ、と、降っていた。……雨も。涙も。ただ、永遠に続けばいいと思いながら。

*

 思えば俺とガンスロッドさんとの出会いは非常にまぬけで、恥ずかしくて。それももうちょっとカッコ良い出会い方に記憶を改竄できればなぁと思うような。それでもやっぱり、あんな出会い方じゃなければ気にかけてもくれなかったんじゃないか――と考えると多少の恥ずかしさも気にならない、単純な俺だった。
 某日、俺たちドラゴン・エンパイアのかげろう部隊は久々の休暇ということで、バミューダ△の公演を見にいったりなんかしていた。思えばすっごく貴重な体験だった、オーバーロードさんの財力(とか色々)でチケットはなんと八人分もとれた。じゃんけんで誰が行くかの決定戦が行われて、俺はめでたくその八人のうちの一人になれたんだ。
 その帰り道、上空でのことだった。

「ぬし。ドラゴンナイトといえど竜に乗るときは手を離すでない」
「え、でももうちょっとで着くじゃないですか」
「落ちても知らぬぞ」
「ダイジョブですって!だって俺はドラゴンナイトのネハ――」

 落ちたんです。

*

 痛いなんてもんじゃない、や、偶然そこが森だったから草がクッションになってたから身動きはとれたけど、大丈夫とか言った直後に落ちたダメージは大きかった。……物理的にも勿論痛かったんですけど……。でも覆面のお陰で目は無事だった、ありがとう……覆面。
 そして思った。こんなところ誰かに見られたら恥ずかしくて死ねる、って。

「……あの」
「はっ!?……はひっ!」

 いつの間にか、長い耳と淡い金髪と、透き通る紫の瞳が特徴的な男性が、こっちを見ていた。恥ずかしくてどうしようもなくて、返事をする声も上ずる。口も開きっぱなしで顔も真っ赤だったと思う、だってあんまり無様な格好だったし、しかも見つめてくる眼差しが健気な感じで、本気で心配している様子だったから……どうしたのって聞いてる目だったから、自分が落ちた経緯を説明しなきゃならないと思うと!

「あの、落ちたんですか?」
「……えっ」
「凄い叫び声が、聞こえてきて……本当に凄かったから。このあたりには何もないから、落ちたのかなと思って、それに……」

 ネハーレン、ですよね。
 彼はそう言った、それに続けて「噂になってるんで」とも言った。
 どうやら俺がよく落ちるという、あまり知られてほしくない情報は各地で広まっているらしくて。……それもそうだよね、本当に俺よく落ちるもんね……。叫び声まで聞かれてしまっては何も言い返せない。
 ここはロイヤルパラディンで、彼の名前はガンスロッドと言うらしい。ロイヤルパラディンとは幾度か戦ったことはあるけど、この人に会ったことはなかった。

「いつ落ちるか、気になっていたりもしたんです」
「あ……はぁ」
「待っててください……今、手当てしてあげますから」

 どう言ってどこかへ消えるガンスロッドさん。戻ってきた彼は救急箱みたいなものを持ってきて優しく俺を手当てしてくれて、痛みが落ち着くまで一緒にいてくれた。絆創膏まみれになったけど悪い気はしなかった。

「……あの。ありがとう。勝手に落ちてきて治療までしてもらって、えーと……」
「気にしないでください、今は……敵同士、という訳でもないんですから」
「そ、れもそうです、ね……?」

 一戦士のものとは思えない柔らかな微笑み。
 彼は俺のことを知っていたけど、俺は彼のことを知らなかった。

「たまにでいいんです。また、会えませんか?」

*

「――という、ことがあったんです!」
「阿呆かぬしは」

 傷だらけで帰ってくることは日常茶飯事だったから、特に心配はされなかった。けれど、落ちた先で迷惑をかけてこないか、っていうことはとっても心配された。――正直に言うと見に行った公演のことなんか覚えてなくて、ガンスロッドさんとの出会いのことばかり考えていて。とっても綺麗だったんだ、とっても綺麗で神秘的で、吸い込まれそうだった。……落っこちるのも悪くないなあ……なんて。

「……あまり関わるな。敵に余計な感情を抱くと……そのような怪我では済まぬ」
「わかってますよ。俺はオーバーロードさんに忠誠を誓った身ですから!」

 ――やたらと不安げな主に、俺は少し戸惑ったけれど。少し申し訳なさを感じてしまったけれど、あの微笑みが忘れられなくて、こっそり、深夜に飛んでいった。夜の空は透明で、吐く息は白くなる。それでも俺は妙な期待に少しだけそわそわしていて、少しでも早く早くと、寒さは気にならなかった。かなりスピードを出していたんだ。
 空から見るユナイテッド・サンクチュアリは灯りが綺麗。記憶を頼りにロイヤルパラディンまで急ぐと、豪勢な城のようなそこの、一番端のある一部屋。窓の開いたその部屋までゆっくりと近付いて静かに声をかける。

「……こんばんは。会いに、きました」

 手で入ってくるように促されたから、遠慮なく入ることにした。窓から入るというのも不審者みたいな行動だっただろうけど……なんて一人で考えて、恥ずかしくなりながら用意されていた椅子に座った。この人には恥ずかしいところしか見られていないような気が、して……!
 深夜ということもあって、そんなに長居はしなかった。それに俺は早く帰らないと、また心配もされてしまうし。

 ……ただ、日に日に、顔を合わせる回数は増えていったんだ。
 それと、戦いの場で刃を交えることも。

*

「あなたが、」

 いつものように何も見えない真っ暗な夜、ガンスロッドに会いに行ったときのこと。

「……私のことを知らないあなたが好きだ」

 いつも部屋で話しているからたまには歩いてみようと、歩いたことのなかったロイヤルパラディンの大きな庭を二人で歩いていたときに。
 夜に目が慣れてきたころ、後ろを歩いていた彼から、突然聞こえた言葉に思わず振り返る。

「ガンスロッド、……さん?」
「急にこんなことを言ってすまない、とは思っている……けれど、会うたびに……そう思う、それは……」
「……それは、」

 ずいぶん、距離も縮まったことだろうな、と俺も思っていたんだ。俺もあなたが、と、伝えてしまうのは簡単だったけれど、それが自分にとってガンスロッドにとってどういうことか、俺なりに考えていて……。ただ距離が縮まった?戦友として?浮かんでくる問い掛けに、答えることができたけれど、その答えは今、正解じゃなかった。

「……っ」
「――ネハーレン」

 呼ばれて、考えながら俯いてしまっていた俺は顔を上げると、あの瞳と視線を一瞬だけ合わせて、なんですか、と返事をする。またあの微笑みを受けて、釣られて笑ってしまって、浮かんだ答えを正解にしてしまいたい、奇妙な感覚で――。
 明日はまた、この人と戦う。

「いつもしている、それ、取ってくれないか?」
「……顔、の?」

 顔を合わせることは多くなったけれど、俺は一度もあの覆面を取ったことがなくて、ガンスロッドはたまに「ずるい」と言っていて、それで……。初めて素顔を見せて、出会った頃とはまた違う恥ずかしさを感じて、少しだけ見詰め合って。お互いの額に、ちゅ、と、小さく口付けを落とした。

 明日で終わらせよう、もう全部おしまいにしよう。それからはまたお互いを気にしないで、それぞれを過ごそう。
 ……そんな、話をして。

「……帰ったか」
「! あ……オーバーロードさ、ん」
「知っていたが……流石に口を出させてもらおう、」
「いいえ。ダイジョブ、です」

 きっと、あの時からオーバーロードさんは知ってたんだろうな。俺みたいな馬鹿を、何人も、見てきて、それで……きっと、そうだ。……なんてことのない戦いかも知れなかったけれど、俺にとっては決戦だ。いつも鋭いあの瞳が、悲しそうに煌めいていた。すみません、と一言呟いてさようならをした。
 俺は会いに行く。

「だって……俺はドラゴンナイトの、ネハーレンですから」

*

 きっと向こうも知っていた。俺とガンスロッドがどういう気持ちで、この戦いに臨んでいるかを。この場を相手の手を引いて去ってしまいたいけれど、そうもいかなくて。
 しゃんとしよう、今まで恥ずかしい格好しか見られていなかったのだから、今日くらい、しゃんとしよう。そう思っていたんだけど、やっぱり落ち込んでしまいそうなのはきっと、雨のせい、そういうことにしておいて。

「……おかしいですね。あなたと、こんなに真面目に向かい合って」
「そうだな、思いもしなかった。いや、それがおかしいのかも知れないが」
「俺たち騎士じゃないですか、考えておかないと……」
「いけなかったな」
「いけませんでしたね」
「でも、続けばいいと思っていた」
「俺もです。後悔すらしましたよ?」
「あの時私が向かわなければ」
「あの時俺が落ちなければ」
「今日この日は訪れなかったのに、な」
「でも今日までの日も訪れませんでしたね」
「ふ……やっぱり、おかしいな」
「あはは、そうですね。本当におかしい」

 負けることは許されなかった。ここで負けてしまったら、ガンスロッドさんに余計な悲しみを背負わせるだけだと思って、別れ際に大きな悲しみをプレゼントなんて洒落にならないから、頑張って頑張って傷付けた。早く早く、ガンスロッドさんが息絶えてくれますようにと願って。

「う……、うっ、……っ……さ、い……ごめ、な……さい……」

 ごめんなさい。最後の最後まで俺は、あなたのように優しく手当てをすることも、一緒にいてあげることもできませんでした。傷付けることもできなくて、あなたを悩ませるだけでした。

「ネハーレン……」
「は、やく……早、くっ……。ガンスロッド……さぁ、ん……っ」

 ああ、
 ガンスロッドさん、あなたに、そんな悲しい顔をさせたくなったんですよ?あなたの微笑みが好きで、その微笑が見たくて、あなたに会いに行ったのに。俺はゆっくりと目を閉じた。

「……ネハーレン……私は、私達は……どうして出遭ったのだろう?こんなことになるのを、本当に、全く――……想像しなかった訳、ないだろう!?それでもどうして、おまえは会いに来たんだ!それを喜ぶ私も……っ、ああ、ただ私は、ネハーレン、が……好きで……」

 竜の首を落としたら、今度はあなたが会いにきてくださいね。


---

或星様に提出させていただきました。
長ったらしくぐだってしまった上にマイナーすぎて申し訳ありません……。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -