「…そんなことかよ」 ボソッとトウヤ君が言った言葉に私は目を丸くする。 「そんなことって何?…キスだよ?唇と唇がくっついただけなんて、そんなふうに私は考えらんないもん」 「そういう意味じゃねーよ!」 いつもより強い口調で言ったトウヤ君から目が離せない。しばらく見つめ合っていたけど、トウヤ君はバツが悪そうに眉を寄せると、スタスタと歩きだした。 あそこまで言っておいて、何も言わないつもりなの…? 「ちょっとトウヤ君」 「…」 「トウヤ君!」 「…」 「トウヤ君ってば!」 「うるさいな!なんだよ」 「じゃあどういう意味?」 トウヤ君は再び立ち止まると、チラリとこちらを見て言った。 「…こういう意味」 「え?…んっ」 それだけ言ってまたキスしてきたトウヤ君に、目を見開いて固まるだけしかできなくて。そんな私にトウヤ君は言った。 「俺、今熱でおかしいから。全部流して、なかったことにして」 ぼうっと見つめだけの私に、トウヤ君は私をじっと見つめて、柔らかい笑みを浮かべながらある言葉を言った。その言葉にびっくりしてトウヤ君を見れば、またすぐ前を向いて歩きだしてしまった。 気付いたら私はホテルの自分の部屋にいた。なにをするのも億劫で、私は仕方なく布団にもぐり込み目を閉じる。すると浮かんでくるのは、見慣れたトウヤ君の黒い笑顔と、今日最後に言われた言葉。単純なその言葉は、私とトウヤ君の関係性という方程式に当て嵌めると、素晴らしく難解なものになった。 『俺は好きでもないやつにキスなんかしないよ』 そのときのトウヤ君の見たことないような優しい笑顔が、頭から離れなくて、離したくなくて。 頭に浮かんだ難解な数式は、まだまだ解けそうにない。 |