ふわり 風が吹くのと同時に桜の花びらが窓から室内に舞い込んできた。花びらを目で追っていると、まるで吸い寄せられるかのように、その内の一片が、目の前でテーブルに突っ伏して眠っている彼の髪へと落ちた。あ、と思いそれを取ろうと右手をのばせば、それを遮るかのように掴まれる手。ぎゅ、と力がこめられ、驚きで身体を揺らせば、閉じられていた瞳がゆっくりと開かれた。 「…なまえ?」 「おはよう、トウヤ君」 「んー」 空返事をしながら私の手を掴んでいるのとは逆の腕で自分の目を擦るトウヤ君。私の前で眠るのは珍しくないけど、今みたいに寝起きがこんなに穏やかなトウヤ君なんて見たことが無かった。ゆえになんだか甘えられているような感覚に陥る。ちょっとだけ可愛いかも。 「なまえ」 「なに?」 「なんで俺、お前の手握ってんの?」 私の右手を掴んだまま左手を上げて問いかけてきたトウヤ君の髪を見て、そういえばまだ花びらがついたままなことを思い出した。 「花びらついてたから取ろうとしたの」 「そしたら俺が掴んだ、と?」 うんうん、と頷けば、トウヤ君は興味なさそうに「ふーん」と言って私の右手を離した。ちょっとだけ残念、なんて。 「…花びら、取って」 「分かった」と言ってからトウヤ君の髪へ手をのばす。でも、あと1センチで届くというところでふいにトウヤ君に右手を掴まれ、動きをとめた。「えっ」と言った瞬間、視界いっぱいにトウヤ君が映る。唇にやわらかい感触を感じ、キスされたんだと気が付いた。 「…トウヤ君?」 「物欲しそうな顔で見てたから」 「…っ!」 ニヤリと笑った顔は、綺麗で、妖艶で、サディスティックで… そんなトウヤくんに、わたしはこれからも踊らされてしまうんだと思う。 |