ゆめ | ナノ



コンコンという、なにかが窓をたたく音で目が覚めた。枕元に置いてある時計を見ると短針は数字の6を差していた。こんな朝早い時間に他人の家の窓をたたくなど、なんて非常識な人間だ。一言文句でも言ってやろうと窓をガラっと開けば、視界いっぱいに見慣れた顔が飛び込んできた。



「おはよう、なまえ!」
「キョウヘイ!びっくりさせないでよ」



言って頬を膨らませれば、ごめんごめんと謝りながら、両手でわたしの頬をはさんで、口の中に含んでいた酸素を押し出された。そんなキョウヘイに一瞬ひるんだけれども、窓を開けた目的を思い出して、頬を挟む両手をべりっとひきはがした。



「ってそうじゃなくて!今何時だと思って…」
「そんなことよりなまえ、聞いてよ!」



わたしの言葉を遮り、瞳をキラキラさせるキョウヘイに若干呆れながら、なに?と話を聞く姿勢をとる。この男のこんなマイペースを素直に享受してしまうのは、惚れた弱みなのか、それとも、幼馴染としての慣れからなのか…。きっとこれからもこんな関係が続くんだろうな、なんて考えは、次にキョウヘイの口から出た言葉によって粉砕された。



「ボク、旅に出ることになったんだ!」
「え?」


キョウヘイの口から出た衝撃的な一言にわたしの動きは完全にフリーズした。旅に出るってことは、もうしばらく会えないってこと。数年間も帰ってこない人だっていると聞く。もし、キョウヘイが何年間も帰ってこなくて、何年間も音沙汰なくなっちゃったら…。そんな嫌な考えがたくさんたくさん頭に浮かぶ。わたしはたまらなくなって口を開いた。



「キョウヘ…」
「だからさ、なまえ」



キョウヘイがわたしの言葉を遮って言葉を紡ぐ。柔らかく微笑まれ、わたしはなにも言えなくなってしまう。



「だからさ、なまえ。旅が終わったら、一番最初に会いに来るから、ボクのこと待っててよ」



言いながらキョウヘイはわたしの目の前に花束を差し出した。色とりどりの、両手いっぱいのチューリップ。その行動と、先ほどの言葉の意味を考え、ある結論にたどり着き、わたしは赤面する。だって、これじゃあ、まるで…!



「きょ、きょうへい、それってどういう…」
「ん?ああっ!母さんになまえにどう話したらいいか相談したら、花束渡して待っててほしいって言えば喜んでくれるって聞いたからさ!って、なまえ!どうしたの!うわあ」



いつも通りの爽やかな笑顔でそう言ってのけるキョウヘイを窓から押し出せばゴロゴロと屋根を転がっていった。キョウヘイのことだからうまく着地するだろう。昔っから運動神経だけはいいから。と思いつつも少しだけ心配なので、窓から外を覗いてみる。すると、無事に着地したキョウヘイが下から手を振っていた。



「出発は今日の12時だからね!ちゃんと見送り来てねー!」



言いながらキョウヘイは走って自分の家まで帰って行った。



「今日とか…いつも唐突なんだから」



キョウヘイがこの町からいなくなる。そう考えるととても寂しいけれど、キョウヘイが帰ってくる場所がここにあるのなら、わたしは待っているよ。



「早く帰ってきてね、キョウヘイ」



キョウヘイがくれた花束の中の一輪にキスして、わたしは呟いた。





胸いっぱいの花を、捧ぐ





「ほんと、ボクって意気地ないなあ」



ため息をつきながら走るボクの言葉に、君は気づいていないだろうね。





チューリップの花言葉=愛の告白



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