ゆめ | ナノ



室内にはトントンというまな板を叩く音と、テレビの音だけが響いている。いちとゆめはというと、テレビに映るジムリーダーに夢中で口をぽかーんと開けたまま固まっている。最近ポケモンバトルに興味をもってきたらしく、時々2人でぬいぐるみをぶつけあってポケモンバトルをしているのを見る。その光景を思い出し、ふふ、と笑うと同時に、肩にずしんと重みを感じた。



「手が止まってますよ、なまえさん?」



続いて背中にも重みを感じ、私は顔だけを振り向かせた。近接距離にニヤリと笑うヒビキの顔があり、慌てて正面を向き、「おかえり」とだけ言って再び包丁を動かした。



「ただいま!いちとゆめはなに見てんの?」
「トキワのジムリーダーのバトル。最近はまっちゃったみたいで」
「ええ…。なんでチャンピオンの俺がいるのにジムリーダーのバトルなんか…しかもグリーンさんの」



ヒビキは苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、身体を離していちとゆめの方に歩いて行った。



「いちー、ゆめー、ただいまー。ぱぱだよー」
「おかえりー」
「おかえりなさい、ぱぱー」



背後からヒビキが声をかければ、2人はテレビから目を離すことなく返答した。いちに関しては、反射で答えた、に等しいだろうか。ぱぱだと認識していない可能性がある。



「おーい2人とも。久しぶりに帰って来たんだぞー?ぱぱと遊んでくれないの?」
「ごめんなさいぱぱ。ゆめといちくんはぐりーんさんにむちゅうなの」



ようやく振り返ったゆめがうっとりとヒビキにそう告げる。キッチンからでもヒビキの顔が凍りつくのが分かった。



「そん…な、ゆめ。で、でも、大きくなったらぱぱと結婚してくれるんだもんな!だったら…」
「ゆめはおおきくなったらぐりーんさんのおよめさんになるの!」



目の錯覚だろうか。ヒビキの背中にぐさりとなにかが刺さった。おそらく言葉のナイフだろう。ヒビキはおずおずとこちらに戻ってきた。



「なまえ、俺はもう海に沈んでしまいたい」



ヒビキの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。どうやらそうとうショックだったようだ。そんなヒビキに助け舟を出すように、私はいちとひめに話しかけた。



「いち、ひめ。2人はどうしてグリーンさんが好きなんだっけ?」



私の問いにいちとひめが同時にこちらを向いて答える。



「「ぱぱの次に強いから!」」



2人の答えにヒビキは驚きでか、目を見開いた。



「ぐりーんにばとるをおそわればぱぱにもかてるかもしれない!」
「ゆめといちくんがぱぱにかってぱぱにらくさせてあげるの!」
「そうすればずっといっしょにいられるよね!」



ニコニコと笑いあいながらそう言って見せる2人を見て、ヒビキも2人に笑いかけた。



「2人ともありがとな!ぱぱはうれしいよ!」



そう言ってすぐあと、ヒビキがその場にしゃがみ込んだ。目元を覆って小声で「うわー、やべー」などと言っているのが聞こえてくる。



「ぱぱさん、もしかして泣いてるんですか?」
「聞かないでください、ままさん」
「私の旦那様は泣き虫ですね」



ヒビキの顔をなんとか覗き込もうとしゃがめば、ヒビキに腕を掴まれぐいっと引っ張られた。



「う、わ!」



瞬間、ちゅ、と触れる唇に私は目を見開いた。



「隙あり」



ニヤリと笑ったヒビキの目にはすでに涙は浮かんでいなくて、その強気な笑顔に私はただただ赤面するだけだった。




0105
書けといわれたので書いたヒビキぱぱ




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