空は快晴、風はまるで旅立ちを祝うかのように、町の出口へと吹き抜けている。今日のために新しくしたランニングシューズを履いて、お母さんへ、にっこりと微笑んだ。 「じゃあ、いってくるね」 「ベストウィッシュ!気をつけて行ってくるのよ」 帰ってきたらたくさん、素敵な話を聞かせてね。そう言って笑ったお母さんに手を振って、私は歩き出す。はじまりの風が私の背中を押した気がした。 ばいばい、またね、さようなら。また一つ、大きくなって帰ってこられることを夢見て。いってきます! 「げふっ!」 カラクサタウンに別れを惜しみながら、2ばんどうろへ足を運んだ直後、なにかに顔面からぶつかり、私はなんともマヌケな声を出して地面に尻餅をついた。いててて、と言いながら打ったお尻をさすりながら顔をあげると、恐ろしい顔をしたお兄さんたちが、こちらをギロリと睨みつけた。 「なんだてめぇ?」 「クソチビが…邪魔なんだよ!」 「ご、ごめんなさい」 ぶつかったのは確かに私だけど、そんな言い方することないじゃない!なんて言いたくても言えなくて、私は小さな声で謝罪の言葉を言う。そして小さく縮こまる私を見て、お兄さん方はニヤリと笑うと私の腕をがしりと掴んだ。 「ちょうど良かった。俺達さっきバトルに負けてイライラしてんだよ。だからポケモンバトルしねーか」 「え?はっ、はい!?」 突然の展開に動揺を隠しきれない私を楽しそうに見つめて、下品に口元を歪めながら男は言った。 「まさか文句はねーよな?」 「いや、文句と言いますか、あの…」 「いけ!ワルビアル!」 「ワルビアルか…。じゃあ俺も、いけ!ドリュウズ!」 「って、いきなり…っ!」 私、対人戦は疎か、野生のポケモンともバトルしたことないんですけど…! なんて言うひまもなく繰り出された相手のポケモンに、私は逃げだしたくなった。こんなことなら旅になんかでなければよかったと、ひたすら後悔する私に、容赦なく向けられる攻撃。仕舞いにはあまりの恐怖に、腰が抜けて、その場にへたりこんでしまった。しかし、そんな私に容赦なくツメは襲い掛かって来る。 「ダイケンキ、ハイドロポンプ」 もうダメだと覚悟した瞬間。横から猛烈な勢いで、水が噴射された。ワルビアルとドリュウズはどちらもじめんタイプを持っている。2匹は一瞬にして地面に伏した。 「すご…」 ハイドロポンプのあまりの威力に呆然とする私を、背に隠すように誰かが立ちはだかり、男たちに向かって言った。 「アンタたち、ちょっと大人げないんじゃない?勝負に負けたくらいで、八つ当たりしちゃいけないよ」 「ヒッ!お前っ!」 「おい、逃げるぞ!」 その人の登場で、男たちはそそくさと逃げ出した。その光景に疑問符を浮かべていると、今まで背中を向けていた人がこちらを向いた。 「大丈夫?」 「あ、大丈夫です。…ありがとうございます」 伸ばされた手を掴み、立ち上がりながら助けてくれた人の顔を見る。その人は、人形みたいに整った顔、ふわふわした茶色い髪、うらやましいくらい笑顔が綺麗な男の子で、 「どうしたの?」 「あっ!なんでもない、です」 思わず見とれてしまっていたことが恥ずかしくて、私は顔を逸らした。 「でっ、でもすごいですね!ハイドロポンプ一発であの人たちを蹴散らしちゃうなんて!」 「ああ。だって、アンタと会う前に一回闘ってボロボロにしたからね」 「え?」 「本当嫌になっちゃうよ。俺がたった一回ボロボロにしたくらいで、アンタに被害が被ったら俺が悪者みたいじゃん」 思わず見とれてしまうような笑顔でそう言った男の子に、私は一瞬固まる。私の反応に、無言でにっこりと笑う男の子に、私は問い掛ける。 「…あなた、何者ですか?」 男の子はただ、ふっと笑うと、一歩で私に近付き、私の髪を撫でる。その行動に私はどうすることも出来ずに、ただ男の子を見ていた。 「アンタ、いい目だね。きっとアンタならイッシュのチャンピオンにだって勝てるかもしれない」 「…私の質問に答えてください」 「俺はトウヤ」 そしてニヤリと笑うと、撫でていた髪を引っ張って、私の頬へとチュ、とキスを落とした。その行動に固まる私を、全く気にしていないと言わんばかりに、トウヤと名乗ったその人は続けた。 「特別にトウヤって呼んでもいーよ。アンタとはまた会えそうな気がする」 「ちょ、勝手に…」 「出ておいで、レシラム」 トウヤは私を完全に無視し、腰からモンスターボールを取り出すと、それをおもむろに地面へ投げた。そのボールから出て来た純白の羽を持つポケモンに、私は上を向きながら、口をぽかんと開けるしかなかった。 「それじゃあ、またね」 「私は出来れば二度とお会いしたくないですが」 「それは無理かなー。だってアンタはこれから旅に出るんだから」 旅に出れば必ず出会うって、一体どういう方程式なんだ。 「そういえばアンタの名前聞いてなかったな。教えてくれる?」 「…なまえ」 「なまえ。きっとまた出会うよ。君がチャンピオンを目指すのなら」 「どういう…」 「時間だ」 私の言葉を遮って、純白のポケモンとトウヤは空へと飛び立った。残されたのは、白い綺麗な羽と、なんともマヌケな顔をした私だけだった。 物語のはじまり 物語の途中で、再び彼と出会うことになるなんて、今の私が知るよしもなかった。 1109 Furud様に提出させていただきました!ありがとうございます! |