立ち眩み、膝をつき、そのまま地に伏した。路地裏のアスファルトは夜に包まれて青く冷たい。街の喧騒は遠くに聞こえる。
 どうにかして、呪術高専へ辿り着かなければ。立ち上がろうと奮闘するが、体は言う事を聞かない。
 悶えていると、ケラケラと、近くからせせら笑いが聞こえてきた。なんなら低級呪霊もいるらしい。詰んでいる。
 せめて、道の真ん中で倒れることができたなら。近道をしようと回り道なんてするんじゃなかった。ゆっくりとした脈拍が煩わしく、喉が渇き、視界が歪む。
 暫く使い物にならないなあ、と沙都は悟った。
 このまま気を失い、運が良ければ明日の朝頃に発見されるだろう。そこから救急車とかで病院へ。身内はいないけど、何かあったら高専に連絡が行くようになっている。そうしたら家入さんの元に搬送されるはず。そこで処置を受けて、こんななら高専の所属になればいいのだと目隠しに笑われて。お仕事再開は、恐らく十月末だろう。
 最低最悪の状況と、冷静沈着ぶった思考回路。指一本動かないから、もう、諦めた。
 次に目を開けたとき、白くて綺麗な天井だったらいい。抗うのを止めて、重い瞼に素直になろうとした、その時。
 醜い悲鳴と、呪霊の破裂音が響いた。
 ぽたり、と、頬に何かが垂れる。


「あっ、?」


 大きく目を見開く。鳥肌が全身に立ち、どくり、と大きな鼓動に体を跳ねさせる。ぱたた、とそのまま続けて落ちてくる滴に、は、は、と小さく呼吸を繰り返す。
 最後の力を振り絞って、頬に手をやった。
 そのまま滴を唇へ引っ張り、舌に乗せる。


「あ!!」


 喉が潤い、一気に汗が滲み出る。
 あつい。おいしい。おいしい!!、


「、もっと、もっと、!」
「死ぬぞ」


 じゃり、と、重厚感のある革張りの靴が沙都の顔の前に現れた。沙都は慌てて靴に、硬い足に縋りついた。男の足だ。口を大きく開いて、頬を興奮に染めて、見上げる。


「ちょうだい、う、あっ」


 ぼたぼたと零れてくる赤くどろりと滑る液体。ずっと欲しかった。血だ。血液だ!!


「邪魔だ」
「うぐっ」


 感動して涙を浮かべていたら、顔に衝撃が走った。眩暈、体内を巡る悦びと湧き上がる力、それから痛み。
 もう一度アスファルトに寝転ぶと、
「兄さん、」違う男の声が聞こえた。重い頭を持ち上げ、霞む視界で声の主を見つめようとする。兄さんと呼ばれた男は、沙都に二、三滴血を振り払ってから、靴を鳴らして立ち去ろうとする。


「トドメはささないでいいの」物騒なことを言っている。
「直に毒が回る。死んだも同然だ」酷く物騒だ。
「てっきり人助けかと思ったよ」
「虫をはらっただけだ」
「兄者?」あどけない声音。
「行くぞ」


 待って。もっと。もっとちょうだい。
 伸ばしかけた手は、ぱたりと地面に落ちる。限界を迎えたのだった。漲る呪力と幸福感。そしてこみ上げてくる嘔気。ぷつん、と、沙都の意識はそこで途絶えた。




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