「と、いうわけで。二人にはこの物件に住んでもらいまーす」

 爽やかな笑顔を浮かべて、バカ目隠しはそう言った。
 高級ホテルのラウンジにて。すっかり汗をかいたグラスに手を伸ばした。残り少なくなった黒い液体をごくごく飲み干した。小さくなった氷を口に含んで、目の前の最強−−五条さんを、じと、と睨む。ストローを使いなさい、と、隣がうるさい。無視をして、口の中で溶けゆく氷をがりがり噛み砕く。


「沙都、お下品だよ。ここどこだと思ってんの? せっかく服装もおしゃれに決めてるくせに」
「……だいたいどうしてこんないいところで仕事の話なんですか?」


 着慣れない黒いドレス。皺にしたくなくて、仕方なく、姿勢を良くしている。


「七海が指定したんだよ」
「あ、そうなの」
「悪かったですね」
「や、別に。ただ、その、色々考えるの大変なんですよ、服装とか。七海さんと違って普段こんなところ来ないし……」


 ぐちぐち言うのはここまでにしておく。
 皮張りのソファから身を乗り出し、ローテーブルに置かれた資料に目を落とす。資料には、一部屋の間取りが大きく印刷されていた。今、この物件に住めっていったよね、この人。上品な音楽が流れる店内で、黒い目隠しをした男はとても目立つ。長い足を組んで、何故だかすこぶる機嫌がよさそうなので、嫌な予感がした。


「で。どういう冗談ですか。五条さん」


 隣に座っている人ー−七海さんは、五条さんとは真逆で、とんでもなく不機嫌そうだ。いつもの正しい姿勢はどこへやら、私と同じように前のめりになっている。両手を組んで人差し指をとんとん、と動かす。苛々しているんだろうな。意味がわからないもの。二人で住んでくれなんて、聞き間違いだよね。


「冗談? いやいや。マジで。二人で、暫くここ住んでほしいんだよね」
「「お断りします」」
「はは、相性いいよね。見る目あるなあ僕」


 五条さんは、間取りを指さした。ぐるぐる、と、なぞって見せる。


「郊外の、所謂、事故物件ってやつさ。四階建てマンション。の、401号室。築十年、まだ新しいね。四階には何故か誰も住んでない」
「そんな物件、東京なら幾らでもあるでしょう」
「それがねえ。確実に大きい呪霊がいる。窓が言うには二級、いや一級じゃないかって。何人も人が死んだり、事故ったり。で、四階の部屋、五つとも空室。そういうの好きな人の間では有名なんだけどさ、すぐ出ていくもんだから。頭抱えてるんだ。祓ってから、安全に取り壊したいって」
「五条さんが行けばいいじゃん」
「僕最強だからねえ。そうしたいのは山々なんだけど、これから暫く出張なんだ」


 だから、信頼できる後輩たちに白羽の矢が立ったのさ。びし、と指を差される。


「だいたい、なんで二人なんですか。一人でもいいでしょ?」
「手強いんだ。何せ、なかなか姿を現さない。残穢すら見えない。一人で行ってもいいけど、二人で協力してさくっと頼むよ」
「男女で組む必要あります? 七海さんと猪野くんとかで一緒じゃだめですかね」
「被害者が、だいたい若い女なんだ。沙都は餌ってことで」
「ええー嫌すぎ……」


 信頼できる後輩を餌にするなんて、とぼやく。「せいぜい、美味しそうに振る舞うんだよ〜」と白い歯を見せられる。


「時間外労働にあたりますが」
「あーはいはい、朝昼は出ないらしい。だからほら、二人で分担して? 沙都は通常、七海は夜勤ってやつで。昼夜逆転しちゃうだろうけどさあ」


 まあ二人なら五日もあれば終わる任務だよ。じゃあ、後は頼んだよ。
 五条さんは立ち上がり、「支払いは済ませといたから」とスマートに言ってのける。全身黒づくめの目隠しした一見不思議な人だけれど、長身とその美しい髪の色が、自然と店の雰囲気に溶けこんでいる。残されたのは、ちんちくりんな私とこれまたジェントルマンな出で立ちをした七海さん。この七海さんと、一緒に住む。……


「つまり、五日間の合宿ですね」
「学生みたいな言い方、辞めてください」


 七海さんは顔を顰めた。とりあえず、家に帰って支度しないとですね。スーツケースに色々詰めていかないと。何でもない風にいえば、「貴女はもう少し躊躇を覚えた方がいい」と、ため息をつかれるのだった。




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