「えっ、反対反対! 呪いみたいなもんですよね」

 つい大きな声が出てしまった。二人の視線に、ぱっと口を押さえる。
 放課後。教室に対して少ない机に、三人ちょこんと腰をかけて、会議という名の茶飲み話をしている。同僚兼センパイの五条先生と日下部先生。
 別に話をしたくてしているわけではない。たまたま私と日下部先生で授業の話をしていたら、五条先生がにこにこ割り込んできて、空き教室に押し込まれたのだ。そのまま、最近のあることないことをつらつらと聞かされる。職員間の情報共有は大事だよ、と言って、担任している一年生の話を、それはそれは面白そうに話す。私も日下部先生も、早いところ終わりにしたいと思いつつ、興味と関心は人並みにあるので。学生のあれやこれやを、ぼんやりと聞いていると。


「で。悠仁のお兄ちゃんだって言うからさ。しばらく高専関係者として出入りするようになる」
「……はあ?」
「はい?」


 特級呪物・呪胎九相図の一番、脹相が受肉して。それがなんと虎杖くんのお兄さんで。ある程度強くて都合がいいので、しばらく高専で預かりますとか、簡単にまとめるとそういう話だった。
 宿儺の器である虎杖くんの、お兄さん。
 いやいやいや、と、ついつい声がでてしまったのだ。怪しい。危険すぎる。
 虎杖くんは宿儺を制御できているけど、その脹相というのは、完全に受肉しているようだし。
 反応が気になって、隣に座る日下部先生を見た。先生は、虎杖くんのことだって危険視している。同じ気持ちなんだろう、苦虫噛んだ顔をして、
「俺は関係しねぇよ。面倒はごめんだ」と言う。
 そんな! 同じ気持ちでしょもっと言ってよ! と身振り手振りをするけれど、五条先生が話してるんだから決定なんだろう。

「まあ、奴に関しては僕も進んで賛成したわけじゃないよ」と五条先生は長い足を机にのせて退屈そうに言った。いろいろと事情があるのだろう。
 言いたいことは山ほどあるけれど、何から言えばいいのかわからない。あと、私は就職して二年ほどの、新人なので。それ以上口を出すのをやめることにする。

 教室を出ると、廊下は既に真っ暗だった。異学年での合同授業の話や、それぞれの出張の話をしながら校舎を後にする。
 数年前までは学生として、時にしんどく、それでも楽しく青い春をすごした場所だ。
 常に危険が隣り合わせの呪術師だけれど、学生たちには安全第一で、少しでも青春を謳歌してもらいたいなあと思う。
 そのために私たちがいる。私にできることを頑張る、為すべきことを為す。

 さて、虎杖くんのお兄さんの話は、少し心配だ。先生として、彼らの青春が脅かされないように、要注意しないと。
 夜の道を一人歩きながら、えいえいおー、と自分を鼓舞する。



‐‐‐


「佐藤先生おはよー」
「虎杖くん。おはよう」


 教壇に立って、今日一日の授業や任務の内容について確認する。担任の五条先生が出張中なので、副担任として一日監督の予定だった。みんないるね、と簡単に出席を確認して手帳に目を落とすと。がらら、と扉が開く音がする。誰か遅刻? でも、虎杖くんに伏黒くん、野薔薇ちゃん、あれ?


「悠仁。来たぞ」
「……! こら!」


 我ながら間の抜けた掛け声だと思う。突然入りこむ呪いの気配に、声には合わない呪力を思いきりとばす。
 がしゃん、と扉といっしょに吹っ飛ぶ音がすると思った。しかし無音のままなのが恐ろしい。身を固めて何者かと顔を見る。見知らぬ男が立っている。


「ああー−……脹相。何?」
「悠仁と一緒に任務に向かえと。話があったから来たんだ。行けるか」
「な。何なの?」
「……この女は誰だ」


 一級、もしくは特級だ。あとたぶん、この人が虎杖くんのお兄さんだ。
 なんだかんだ準一級の術師がとばす呪力を、なんなく振りはらわれてしまい、ショックをうける。
 脹相と呼ばれた男は、和装にごつい黒靴と不思議な着こなしをしていた。精悍な顔立ちで、鋭いような気だるいような目。髪は二つに高く結っていて、それがかわいいかと言われると首を傾げてしまう。奇抜なのだ。
 お兄さんは怪訝そうに私を見る。突然攻撃をしかけたのだから当たり前だ。
 にしても虎杖くんとはあまり似ていないように見える。ほんとうにお兄さんなのか? あと何故今ここに?
 学生たちの前に立ちつつ、湧き出る疑問に頭をくらくらさせて何とか声を出すと、なんだこいつはと、お兄さんも同じように私を指さすのだった。


「ああー、一応、兄貴の……脹相。五条先生からきいてる? 脹相、この人は佐藤沙都先生。副担任」
「ふくたんにん」
「てかホント何よ。沙都センセーびびってるでしょうが」
「先生、任務内容どうなってますか」
「えっ。えーと、ああ。虎杖くん……と、脹相で、足立区に、任務。朝からなのね」
「迎えに来た。行こう」
「ああうん」
「ちょ、ちょっとまって!」


 任務。本当に特級呪物が? 生徒と二人っきりで?
 教室をでていこうとする虎杖くんとそのお兄さんに、あわててストップをかける。
 虎杖くんは不思議そうな顔で、お兄さんは何だかよくわかっていない顔で私を見る。一番わかってないのは私なんだから、そんな顔しないでいただきたい。
 考えて考えて、やっと出てきたのは、


「わたしも一緒にいきます!」


 宣言だった。面倒ごとには首突っこまないほうがいいわよー、と、後ろで野薔薇ちゃんがうるさい。虎杖くんは目をしぱしぱさせて、わかった―なんて言う。
 さてお兄さんはというと。特に文句の一つもなく、虎杖くんの後ろに立ってじっと私を見ている。何かやり返されるだろうかと気構えていたが、何にもない。しばらく見合っていると、お兄さんはただ一言、「行くぞ悠仁。先生」と、教室を出ていくので。
 一瞬しんとなってから。伏黒くんが静かに「先生……」と呟いた。
 至って真剣な私のことなんて気にも留めず、学生の笑い声が気持ちよく響く。先生。先生って呼ばれた。いやまあ、先生なんだけど。
 一時間目の予鈴が、笑い声に重なるように鳴った。




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