ちょっと、私、おかしくなってるのかも。 沙都がそう言って溜息をついたので、 「だいじょぶよ。元からおかしいのばっかりでしょ、この職業してる人なんて」と元気づけてみる。沙都は余計に顔をしわくちゃにして「野薔薇ちゃん今正論はだめ」と腕を組むのだった。
「沙都ってばどうしたの」 「……野薔薇ちゃん、先生って呼んでください」 「沙都センセーってば。どうしちゃったんですかー」 「……野薔薇ちゃんは好きな人とかっている?」 「おお……。まさかの恋バナ」
私も立派に年頃の女の子だ。目を爛々と光らせて、身を乗り出すのだった。
「別に……そういうわけじゃなくて……その、ほら、野薔薇ちゃんこういう話好きかなあって思ってふってみただけで」 「センセー待って。ちょっと虎杖伏黒に連絡とるから。あ、担任も呼ぼうか?」 「や、虎杖くんは待って!」 「なんでよ」 「あ……任務終わってくたびれてそうだし。伏黒くんは多分今任務で出てるはず。担任は論外」 「仕方ないわね。沙都、私ケーキ食べたい」 「ぐう」
そんなこんなで。洗車が済んだところらしい伊地知さんのところに押しかけて、許可も取らずに後部座席に乗り込むのだった。最近人気のスイーツ店を打ち込み、マップアプリを開いてぐいぐいと伊地知さんに押し付ける。伊地知さんは、タクシーじゃないんですよ、と困った顔をして、エンジンをかけてくれた。ありがとう伊地知さん。沙都はしくじったなあと頭をぐーで叩いている。
「伊地知さん緊急事態なの。急いで」 「何をそんなに急いでるんですか」 「沙都に春が来たのよ」 「えええ」 「野薔薇ちゃんまだそんなこと言ってないでしょ!」
伊地知さんがミラー越しにきらきらした瞳でこちらを見つめてくる。もっと聞かせて、と興味津々な顔から逃げるように沙都がこちらに顔を向ける。にこにこ笑って「伊地知さん前見て」と突き放すのだった。はい! と良い返事と一緒に、速度が少し上がった気がする。いろいろと訊かなきゃならないわね、と鼻息が荒くなる。伊地知さんにもあとで教えるから、と適当を言えば野薔薇ちゃん、と咎めるような声を出すのだった。お待ちしています、と、伊地知さんは丁寧に言った。
フォンダンショコラとフルーツタルト。 味が濃くて美味しい。チョコがなめらか、紅茶もぴったり、ホント最高。沙都はタルトにフォークを突き立てている。食べにくいけど美味しい……とぶつぶつ言っている。 お店についてから。伊地知さんも店内に引っ張ろうとしていると、電話が鳴った。硝子さんから何か用事を頼まれたらしい、彼は私達にぺこりと頭を下げてすぐに車を出してしまった。 大人の女には勝てないわね、と不貞腐れると、全くその通り、と隣の大人の女はふんふん鼻を鳴らすのだった。 そんな大人の女にご馳走になるケーキ、美味しくないわけない。が、舌鼓を打ってばかりなのも飽きてきたので、本題に入ることにした。
「で……話の続き。そろそろ聞かせてくださいよ」 「……野薔薇ちゃんは、好きな人いる?」 「好きなタイプは織田信長」 「また言ってる」 「ほら早く言ってくださいよセンセー。誰々。誰のこと好きになっちゃったの。学生はないでしょ。担任は改めて論外。……七海さんだ。絶対七海さん! 七海さん紳士だし」 「七海さんかっこいいよねえ。紳士だけども違います」
沙都は気まずそうにフォークに力を入れた。ざく、とタルト生地が崩れる。そのままついつい、フルーツなどつついているので、だいぶ浮かされてるわね、と肩をすくめた。
「ねえホントに平気? 沙都。この間の任務も大変だったんでしょ。言い方悪いけど、惚気とかにやられてると隙をつかれちゃうわよ」 「野薔薇ちゃんに言われなくても、そんなことわかってます。というか、惚気じゃなくて、困っているだけで……」 「誰に」 「……」
フォンダンショコラが消えたので、メニューを手にとる。もう一個食べていい? と確認をとりながらベルを鳴らした。沙都は全く、と眉を寄せてから「私にもメニュー見せて」と表紙を引っ張るのだった。仲良く次の注文をする。
「……世話が焼けるって、放っておけないって」 「ん?」 「それって、女として見られてると思う?」
店員が裏へ行くと、沙都はぽつり、と私に問いかけてきた。
「男に言われたの?」 「うん……」 「なるほど。そうね。脈はあるけど、身体目当てね」 「へ?」
沙都はかっと顔を赤くする。読んだことあるわそーいう体験談、と紅茶を啜った。
「絶対ちょろい女だと思われてるわよ。年上? 年の差どれくらいあるの」 「……な、なんなら年下かもしれない……。ジェネレーションギャップはあるかも?」 「年齢も知らないの? 年下にそんなこと言われるって、遊びに決まってるわよそれ。沙都センセ、ちょっと隙がありすぎるのよ。ぽーっとしてるっていうか。チョウドいい女にされちゃうって」 「……」 「何よ」 「野薔薇ちゃんってばまだJKだね」 「なっ!」
くすくす笑われるものだから、今度はこっちが顔を赤らめる番だった。 沙都はちょろい。ちょろいけど、まあ、私と十歳近く歳の差はある、大人の女ではあるのだ。ちょっと背伸びした発言が多かったかもしれない。こんにゃろー、と口を尖らせると、沙都は少し目を落として「でも」と呟く。
「案外そうかも。あ、勿論身体を求めて……とか情熱的な感じじゃなくて。というかそんな話野薔薇ちゃんにはまだ不健全です。うーんと、遊び、というか。わかってない、というか」 「相手が?」 「うん、なんか、よくわかってないからそういうの素面で言っちゃうのかなって。そう思えてきた。そうだわ。そうだよ、脈があるっていうのも、なんか、勘違いかも。だって妹みたいって言ってたし」
妹かー。かなり言われたくない台詞ね、と足を組む。というか相手年下じゃないのかよ。 暫くして届いたラズベリーのケーキとモンブラン。こちゃこちゃつつきながら、話に花を咲かせる。
「だけど、心乱されるというか」 「ふうん」 「なんか、やな気分にさせられて、だから困ってるの」 「沙都はその人のこと好きなの?」 「!」
ぶく、とアイスコーヒーに息を思い切り吹き込む様子を見て、会話の主導権が戻ってきたことにガッツポーズを決めるのだった。よっしゃあ。
「なーんだ。好きなんだ。好きなんでしょ。」 「野薔薇ちゃん」 「それは沙都、恋よ恋。暫く色恋沙汰と遠い生活してたでしょう、私にはわかるそれは恋」 「野薔薇ちゃんってば!」 「さ、あとは私達が知ってる人なのか知らない人なのかよ。早く吐きなさい。あーあカツ丼屋にすればよかった」 「ちょっと楽しんでるでしょ」 「かなり楽しんでるわよ。ほら早く。伏黒たちが来る前に」 「は?」
事前に「今すぐ来い」とメッセージを送っておいてよかった。店も送ってるし。伏黒は任務終わったばっかりだからかなり不機嫌そうだけど、これならいつもむっつりな顔もニッコリするに決まってるでしょう。メッセージを確認したところ、「虎杖とばったり会ったから連れてく」だって。よっしゃあパート2。
「い、虎杖くんもくるの?!」 「え? うん。喜びなさい、一年大集合よ。二年にも声かけようかしら」 「解散。解散です」 「はあ? 何、さっきから。虎杖呼んじゃだめなの?」
最初から、伏黒はいいとして虎杖に過剰に反応するのが謎だった。沙都は目を伏せてうんうん呻る。
「いや虎杖くんじゃなくて。ええっとほら。その。野薔薇ちゃんは女の子だったから声かけたの! こういう話できるかなーって、ほら、虎杖くんとか伏黒くんとかまだまだ男の子っていうかこんな話早いっていうか」 「そりゃ七海さんとかと比べりゃじゃりン子だけど……あ」
「来たぞ釘崎。……佐藤先生」 「おっしゃれな店。ファミレスじゃないんだ」
来た。部活帰りの男子高校生。伏黒と、虎杖。……げっ。
「なんだここは」 「特級呪物……」
シーブリーズの匂いのする男たちにプラスして、ツインテールの不審な特級呪物まで付いてくるとは。何なのよ呼んでないっつーの。
「ちょっとなんでもう一人多いのよ」 「虎杖についてくるっていうから」 「あれ。悪かった?」 「あのねえ。色恋の話をして社会勉強させてやろうっていう私と沙都の計らいなの。こっちは青臭い男子だけでお腹いっぱいっつーの」 「あ?」 「あ!」
特級呪物が悪態つくと一緒に、沙都が大きい声を出した。ばっと立ち上がり、財布を取り出して、ばん、と万札を机に叩きつける。
「あの、ええっとあれ。私もう行くね。ありがと野薔薇ちゃん! あとは学生で水入らず楽しんで。これで支払っといて。お釣り全部ゲームセンターとかで使っちゃいな。じゃあ」 「沙都? ちょっと待ってよここから楽しい話に」 「ごめん先生仕事あるから」 「先生。帰るのか」 「あっ」
ツインテールが、沙都を呼んだ。鞄を持ち店を出ようとする彼女の体がぴしっと固まる。 ぎ、ぎ、と音が出そうなくらいぎこちなく顔をこちらに向けて。沙都は、「はいごきげんようお兄さん」と早口で言い、いよいよ店を飛び出していくのだった。
「……まだ残っている」 「ケーキ残ってんね。釘崎食べちゃえば? で、何の話だったの」 「……虎杖は待って。虎杖が来るなら解散。虎杖のことが……? いや学生に手を出す度胸は沙都にはない……まさか」
まさか。ばっと伏黒を見やれば、ばっちり視線がぶつかった。そのまま沈黙して、残りの男らを二人して覗きこむ。虎杖は空いた椅子にどっかり腰をかけてメニューを捲っている。特級呪物は、脹相は、体は虎杖に向けつつも、目だけは店の出口にやっていて。
「伏黒……これって」 「ああ。つまり……そういうことか」 「そういうことよ……」 「……」 「虎杖。どうにかしなさいよこれ」 「ん?」
図体のでかい男たちがケーキを注文する。その横で、沙都の残したモンブランをつついた。残された栗に同情しつつ口に放る。 面白いことになってきたわね、と伏黒と目で会話した。それから、担任には絶対内緒で、と、頷き合う。担任にからかわれる副担任は毎度のことながら哀れだから。まあ、どうせ時すでに遅しだろうけれど。 back |
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