九十九由基は強い。稽古をつけてもらった後、沙都は息を切らして大の字に寝転んだ。実践だったら何度死んでいただろうと振り返る。常に一手先が読まれていて、隙をつこうとすればするほど追いやられていた。 そもそも、隙が無い人の隙をつこうとしても無駄なのだ。 「もうへばっているのか」脹相は疲れ果てている沙都に話しかける。
「……体力おばけ」 「おばけとはなんだ」 「おばけ、可愛いでしょ。化け物ってこと」 「……」 「冗談だから怒らないでください」
脹相はめきめき力をつけていた。九十九は「流石は特級呪物」と満足気だった。沙都は二人のやりとりを目で追いながら、まだまだ鍛錬が足りないんだと特級との力の差に圧倒されていた。自分にできることをすればいいと天元に声を掛けられて、沙都はありがとうございますとくたくたの体をなんとか起こし、頭を下げた。 「そうだ、死滅回游のことだけど」九十九は天元に話しかける。会話を進めながら、二人してその場を後にした。残された沙都と脹相は、座り込んでぼうっと体を休ませる。
薨星宮は穏やかでいて、返って落ち着かない。 天元の望む形に、私たちの望む形に姿を変える。のだろうか。今は、どこまでも、真っ白な空間だ。
「強くなってどうする」と脹相はまた声をかけた。胡坐をかいている彼の隣に、体育座りをした。
「強くなって、戦います」 「何と」 「呪霊とです」 「何で戦う」 「なんでって。それは……多分、自分のためです。誰かのことを守れる、自分になるために、強くならないと」
あと、お兄ちゃんを死なせたくないんです。 沙都の目は真っ直ぐ脹相を貫いた。脹相は内心どきりとした。 このところ、沙都は兄がまだ生きていると断定したような発言が多かった。最初はどこか諦めた雰囲気だったのに、まるで変わってしまった。 一縷の望みに縋りついているんだろうと思っていたが、沙都の目は据わっている。まるで、現実から目を背けているような。佇まいはしゃんとしているが、ふとした瞬間にぽきりと折れてしまいそうな危うさがあった。
「もし」
今聞くことじゃないだろうと、人の心でなくてもわかっていた。返って来る言葉も理解していた。ならば聞く必要などないのに、答え合わせがしたくて仕方ない。欲のままに、脹相は言葉を放つ。
「もし兄が死んでいたらどうするんだ」 「……なんでそんなこと言うの」
直ぐに間違いだったと気付かされる。 沙都なら、「相手を殺す」とか「兄の仇を討つ」とか、強い言葉を返してくるのだろうと予想していた。それこそ前にみた夢と同じように、恨みつらみを吐くのだと考えていた。 いや、きっと、そうあって欲しかっただけなのかもしれない。 脹相は、華奢な体躯をした沙都に、強かさを求めていたのだった。 思っているより、沙都の精神は参っているらしい。瞳が揺れて、濡れていくのを見て脹相は反省した。
「悪かった」 「……わかってます」
無理のある声だ。脹相は口を閉ざした。 沙都はすっと立ち上がって、ごしごしと顔を手で擦る。
「まだ誰からも連絡がないから。ないってことは、まだ、お兄ちゃんはどこかで生きてるんだって。……ごめんなさい」
それっきり背中を丸めて、沙都の顔は見えなくなってしまった。
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