夢を見た。 胎児の頃の記憶だ。既に亡骸だったのだから、それを記憶と呼んでいいのかはわからない。都合よく作り上げた幻なのかもしれない。硝子の向こうの暗闇を、押し黙って、じっと睨む、それだけの記憶。 近くに同じ血を感じていた。弟達は常に側にいた。 いつの日か、この硝子の向こうに出られる日が来るのであれば。弟と言葉を交わすことができるのならば。それで良かった。 成すべきことを成して、後は弟達とひっそりと暮らしていくことができるなら。
「兄者」 「兄さん」
二人の弟達の声がして、振り返れば、焼け野原だった。 悠仁に巣食う呪いの王の仕業だ。 見事なまでに、焦土と化した街と。 悠仁が、蹲り嗚咽している様を、ただじっと見ていた。 悠仁は、人の死を嫌っていたから。忌避していたから。何とか、声をかけようとしたところ。 すぐ横から女の嗚咽が聞こえた。
「お兄ちゃん、どこお」
泣いていたのは沙都だった。あの時ぐったりと倒れていた地に蹲って、兄は何処か兄は何処か、としくしく泣いていた。光源は何処にもないのに、沙都はぼんやりと光って見えた。あの時もそうだ。真っ暗で視界の悪い中、血の臭いにつられて、たまたま見つけたのが沙都だった。いつの間にか、悠仁は居なくなっていた。弟にかけようとした言葉は宙ぶらりんに、今度はこの女をどうしようか、放っておこうか、と迷っていると。脹相、脹相、と縋ってくるのだ。
「脹相」
お兄ちゃんが何処にもいないの。何処にもいないんだよ。 脹相の脛に顔を擦り付けて沙都は泣いた。お兄ちゃん、と脹相の脚を抱くのだった。されるがまま、ぽかんと沙都を見下ろしていた。 あっ。ふと沙都が倒れていた地に見つけてしまう。見知らぬ男が寝ているのだった。指をさす。
「それじゃないのか」 「お兄ちゃん?」 「オマエの兄は、……いや……。」
口を噤んだ。そしてから、急いでしゃがんで、振り返ろうとした沙都を隠すようにして抱いた。 倒れている男は、間違いなく沙都の兄だろう。 吃驚の表情を浮かべて、上半身と下半身を綺麗に分けた男は、血に濡れながら静かに寝そべっていたのだった。 駅構内で。多くの人に揉まれながら。電車を待ちながら。 何も見えない兄は、突然に二つに千切れて。 「お兄ちゃんは、」 「……オマエの兄は、もう」 「かえして」
細い身体が恨み言を零す。
「かえして」 「かえしてよ」 「ひとごろし!」 「結局呪いなんて。奪う側だわ」 「奪って、奪って、奪って。同じ思いを味わえばいいのに」 「大切なもの、奪われてしまえばいい」
目を覚ました。随分と頭を使った。 気を抜いている場合ではないというのに。身体は鉛のように重く、もう少し睡眠してもよいのかもしれない、と目を擦る。 遠くで、九十九と天元が何か話していた。それから、目を覚ました俺に気づいてか、麻雀牌を取り出してにやりと笑うのだった。ここは何でもありな空間なのだろうか。真人もよく使っていたな、と見覚えのある玩具に、どう遊ぶんだそれは、と声を出そうとして、ひた、と止まった。 膝の上が温く、重い。 思わず払いのけるところだった。膝の上に頭を置いて、ぐーすか寝息を立てている女に、怒りを覚える。 呪いに気を許すなんて、馬鹿なんじゃないかこの女は。 それに。軽すぎて不気味に思えるのだった。上半身と下半身がわかれていないか、確認するくらいには。
‐‐‐
「夢をみたの」 「夢」 「脹相からね。プレゼント貰う夢だったの」 「……何を貰ったんだ」 「ええっと……覚えてない」
でも、ちょうだいっていったら、くれたの。 脹相はなんだそれは、と呟いて、牌を眺めていた。
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