予言
※モブ注意※高専五条同期※



 いつか凄い死に方をしますよ。

 道端の女は、皺いっぱいの手で悟の掌をなぞりなぞり、鼻で笑ってからそう告げた。後ろで沙都が引き笑いを始める。おかしくておかしくて仕方ないらしい、沙都はひいーと苦しそうな声を出すのだった。「しんじゃうしんじゃう、しんじゃうって!」お前の方が凄い死に方しそうだな! 悟が舌打ちすると同時に、だん! と大きな音が響く。真っ赤な布に守られた台に拳を落とし、女は怒りに震えていた。台の上に乗った水晶がぐらぐら落ちそうになる。沙都の笑い声は少しずつ少しずつ小さくなってきた。
「本当よ。碌な死に方しないっ」女の言葉に、沙都は口を閉ざして真面目な顔を作ってから、やはり無理だと、うふうふ笑う。笑ってから、「ですよねぇ」とおどけた声で同調してみせた。女がヒステリーに金切り声を出すと、悟はもういいよ沙都、と割って入った。
「悟いいよ。ちょっと待って」と沙都が駄々をこねる。ここまで黙っていたのだから及第点だろう。悟は「沙都、うるさい」とぴしゃり言ってのけた。


「そうですねえそうかもしれない。多分俺、ひっどい死に方しますよ」
「……そうですよ。酷い死に方です。お辛いでしょうに、お付きの人は随分冷たいことですね。もしそれが嫌ならばね、星の巡りを良くするためのセミナーが、」
「ああ、はいはい!! もう、本当に。失敗でしたよ、こんな薄情なやつ連れてきちゃって」
「薄情なやつとは何よ」沙都が口を挟んできたが、無視をして続ける。
「でもまあほら。貴女もこのままだと、碌な死に方はできませんよ」
「は? 貴方一体何を」
「えーい」


 悟は、赤い布を、テーブルクロス引きのように思い切り引っ張った。当然上手にいくわけもなく、台の上の色んなものが音を立てて崩れる。蝋燭はベニヤでできたチープな台に倒れる。炎がじわりじわりと燃え移り、水晶はごろごろと大仰な音を立てて転がると床に引っ張られるように落ちて、砕けた。水晶の割れる音よりも早く、女の叫びがその場を劈いたのだった。


「何してくれるの!!」
「あー奥さん奥さん。ほら、ごらんください。見えるでしょう」
「何を言って!、っっ、ひいっ!?」
「あれ本当だ。なんだこの人が憑かれてるわけじゃなかったのか」


 沙都は悔しそうな顔を一瞬してから、すぐに切り替えて、納得納得と頷いて見せた。割れた水晶から煙のように瘴気が立ち込める。呻き声、吐き気を催す悪臭、臓物を雑に繋ぎ合わせたような"何か"。目の前で起こる全てに驚き、ごめんなさいごめんなさいと頭をかく女に、悟と沙都は顔を見合わせてからにやりと笑う。
「「碌な死に方しないね?」」問いかけると、女は白目を剥いてしまうのだった。

 はい、今回の任務の報告は以上! 携帯を片手にあっけらかんと言ってのけた悟は、「悪ふざけしすぎ」と、硝子に頭を叩かれた。沙都は硝子おこんないでーと高い声を出すが、全く容赦なく叩かれた。悟はざまあみろとけたけた笑う。
「硝子だって同じことしてたと思う」、沙都はぶつくさ物を言うが、「もしもの話はしない」とあっさりかわされてしまう。傑は机に肘を置き、その様子を面白そうに眺めていた。


「ま、俺の予想通り。見立てが違うと痛い目みるよ、沙都」
「まぁ。そうだった。間違いなくあの人に取り憑いてると思ってたから、うん、反省」
「健気だなあ」


 机に突っ伏して、暫くしてから沙都は悟を見上げた。参りました、の顔に、悟は満足してまたにやつく。


「弱っちいね」
「うるさい」


 沙都は素直だった。




‐‐‐


 沙都は渋谷の街を見下ろした。犇めく人々と、至るところから感じる呪霊の気配に顔を顰める。最悪なことを考えるなあと、何処の誰かもわからない首謀者に拍手を送ってしまいそうだった。
 さて、どこからどう手を付けるべきか。考えあぐねていたところ、ふと頭を過ったのは青春の一ページだ。「碌な死に方しない」と、言われていた彼を思い出して、沙都はくすくす笑う。風に髪を靡かせながら立ちあがる。
 嫌な予感は昔から得意だった。皆、報われることがないだろうこの状況に、沙都は声が聞きたくてたまらなくなった。硝子の声を。歌姫の声を。七海。灰原。――傑の声を。そして悟の声を。
 皆、違う場所にいるけれど、それぞれで元気にしているだろうか。あちらでも、こちらでも、どの人も、多少は救われているといいなあと思う。もしこの場に集まっている人がいるならば。逃げてほしいと思う。自分だって、逃げ出したいと思う。
 結局のところ、全員、辿り着く場所は同じだ。沙都は心を決めて、呪具を強く握る。そのまま隣の建物に移ろうとして、――けたたましく鳴り響いたスマホに体が固まった。


「もっ。もしもし。何か作戦変更?」
「作戦変更って?」
「……なんだ悟か」


 テレパシーでも使っているのか。聞きたかった声に、少しの安堵を覚える。


「沙都も渋谷?」
「……とんでもないことになってるね」
「はは。言えてる」
「要件は?」
「沙都が今どこか確認したかった。まあ、そうか。いるよな」


 珍しく淡々とした声だった。


「いるよ。何よ」
「本当にそれだけー。じゃあ、気をつけてよ。また後で掛けなおす」



 すぐに切られそうになって、思わず、待ってと言いかけて。留まった。
 互いに、呪いを吐き出したくなかったのだ。
 あっさり切れてしまった通話に、ばか、と唱えて画面をごしごしと拭った。気持ちをすぐに入れ替えた。スマホをポケットに突っ込んで、一、二、と屈伸する。女の言葉が頭をぐるぐる回る。凄い死に方をするんだって。碌な死に方をしないってさ。あの時も、さっきも、つい笑ってしまったけど。


「……まあ、そりゃ。呪いを使いこなすような人間は。いい死に方できないよね」

 わかりきっていたから笑い飛ばしたんだろうな。昔も今も、私は。
 街の光が、とても愛おしく思えた。私は、私たちは、この小さな光一つ一つを守るためにここにいる。きっと、恐らく。


「じゃあ、私たちのことは、誰が守ってくれるのかな」


 弱いね、と、彼に笑い飛ばしてほしかった。




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