※色々と捏造

 どろりとした夜だ。突然、闇夜が辺り一帯を包んだのだ。
 沙都は、あれ、あれ、と一頻り騒いでから。帳だわ、と口を噤んだ。高専を卒業してからもう2年になる。呪霊に巡り会うことも少なくはなかったが、帳の内側に入るのは久しい。こういう時はどうすればいいんだったかしら。音を立てないように、用心して歩こうと努めるが。ヒールを履いてきたのは失敗だった。カツ、カツ、といつもは小気味いい音が、闇夜には五月蠅い。無駄と知りながらも、スマホを取り出す。圏外って書いてあるけれど、最強のあの人なら電波とか関係ないかも、と期待を込めてコールする。繋がる訳もなく、くそったれ、独り言ちるのだった。
 でも。沙都は立ち止まる。帳が展開されたということは、近くに術師がいる、ということだ。辺りを見るに、非術師はきちんと帳の外へ避難済なのだろう。どうして私だけ取り残されているのか。誰がこの帳を下したのか。
 一先ず、何処かで高専関係者に出会えればいい。帳の外れを目指して、沙都はもう一度歩き始めた。今度は、音をさせずに。ヒールを両手に持ち、静かに、静かに夜の住宅街を往くのだった。



‐‐‐



「沙都」


 背後をとられた。沙都は息を呑み、そしてから、気付かないふりをして歩を進めた。帳の外を目指しているのに、不思議なことに夜がどんどん濃くなっていく気がする。
 いつから見え始めただろう、周囲を歩く人々は、呪霊の集まりだ。人とはかけ離れているくせに、姿形は人へと近づけようとしている、その邪悪さたるや。
 沙都は呪具も何も携帯していない。いざとなったら、体術で。頭を抱えたくなる。任務に夢中だったあの頃の自分とは違うのだ。呪力はそこそこだとしても、呪霊と渡り合えるような戦力は、もう。


「沙都ー。沙都ー」
「えっ、……。」

 背後、なんてものじゃない。
 背中だ。恐らく、背中に、憑いている。


 気付いたときには、もう全てが遅かった。肩に食い込む大きな爪。耳元で何度も何度も呼ばれる名前。時折、長い舌が首筋をしとしとと濡らす。足は鉛のように重くなり、冷たくてぬるぬるとした感触が背骨を往復していた。
 これは男だ。呪霊に性別はないが、男の執念から生まれた呪いであることに間違いない。ただの女の勘だけど。
 「沙都ー」脚に無数の手が絡みつく。
 「沙都、」股へ伸びるは長く太い、ぬめぬめと何かに濡れた指。
 「沙都 沙都」生温い吐息の交じった、邪な声。そもそも、名前を知られている時点で、おしまいだった。
 いよいよ立っているのも苦しい。そのまま身を任せてしまおうか。恐らく殺されることは無いだろう。ここで犯されたとして、高専に飛び込めばいいことだ。抗おうにも、呪力を吸い取られていく感覚に眩暈がした。


「沙都」
「うん……」
「沙都!」
「んん…」
「沙都は、オマエか」

「え?」


 身体が軽くなる。
 背中で、ぱちゅん、と呪霊が弾ける音がした。
 そのまま、がくんと前に倒れるはずが、何者かの腕に支えられる。


「だ、れ」
「無事だな」


 大柄な男だった。鼻に入った黒の線はシャープで、精巧な顔を引き立てていた。夜より暗い瞳で射抜かれて、沙都は言葉が出なくなる。おっかない人だ。脳内に警鐘が響く。敵なのか味方なのか、一切わからない。とにかく、危うい存在であることは嫌でも分かった。


「外に出たいのか」
「………」
「帳の真ん中で棒立ちだった。格好の餌食だ」
「……まいご、になって」
「迷子」


 高専関係者でありますように。
 帳の外れを目指していたはずなのに、まさか真ん中にいたなんて、思いもしなかった。イレギュラーな状況から何とか抜け出したくて、助けてほしくて。弱々しく返事をした。
 男は鋭い目を上にあげ、暫く黙ってから。


「弟がいるが、気にしないでくれ」
「…はい?」
「迷子なんだろう。俺について来ればいい。暫くの間おいてやる」
「えっ」
「大丈夫だ。部屋はある。匿ってやる」
「い、いや、あの」


 変な人だ! 沙都はさっと顔を青くして、なんとか脚に力をいれて、支えてくれている男から距離を取ろうとした。が、無駄だった。男は器用に沙都の腹へ手をやり、高い高いをするように持ち上げたかと思うと。そのまま抱っこの形で歩き始めるのだった。


「おっおろしてっ」
「恥ずかしがらなくていい。十人兄弟の兄だからな。妹が増えることだってある」
「な、なにいってるの?」
「……拒むのか?」
「あっ」


 抱く手に力を込められて、ぐっと息を詰めた。何者かわからないけれど、やめてよして触らないで、と、大仰に騒いでしまってはいけない気がした。押し黙り、何も答えずにいると、男はくつくつと笑って。


「物分かりがいいな」
「呪霊に手を出せなかった訳じゃない。オマエは手を"出さなかった"んだ。そうだろう、沙都」
「あんまり暴れるなら仕方ない。さっきの地点に戻りたいのか?」


 と、やさしい声で、狡猾に脅すものだから。
 すっかり身体を震わした沙都は、男の身体にしがみつくほかなかった。



「ふっ。オマエは俺がこわくないんだな」
「ええっ!?」
「ん?」
「こわっ……あっあっ、いや……おっ、恩人ですから。ただ。その。最後まで、ころさないでくれますか」
「? まずは弟に紹介しよう」
「ころさないでください!」


 ひんひん泣き言を零しつつ、男のされるがままである。
 この後、帳を抜けて、男が往く道にピンとくるまであと数十分。宿儺の器、悠仁くんに出会い、今日から悠仁の義姉になる沙都だ、と紹介されるまで一時間。高専に一時保護されるまで数時間かかるのだった。




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