狗巻くんへ。喉の調子はどうですか? 歯医者から帰ります。親知らずを抜いたら、痛くて痛くて、もう、しゃべることができないです。 送信。
トーク画面を閉じた。そのまま、電車に揺られて街から郊外へ。野薔薇が「もっと都会なら」と呟く気持ちがとてもよくわかる。東京であって東京ではないよなあ、なんて。マスクの下は、真っ赤に腫れている。痛みに負けないぞと、最寄り駅の到着まで目をぎゅうっと瞑った。 高専の夜は暗い。街灯はあるものの、建物を木々が覆って隠そうとするものだから。スマホのライトをつけて、沙都はせっせと歩く。誰かランニングしてるかしら、運動場をちらりと覗いてみたものの、電気も落ちて真っ暗闇だった。 誰かに会ったところで、何も話す気力がない。というか、痛くて痛くて話せない。親知らずなんて、抜かなければ良かった。違う、生えてこなければ。こんな目には合わなかったのに。 明日は土曜日、任務もオフの日だ。一日誰にも会わず、食事も我慢して、大人しくしていよう。休日はパンダや真希と跳んだりはねたりしているが(平日も変わらない)今回ばっかりは、そんな気分にもならない。それだけ、ひたすら、痛いのだ。 痛みには強いと自負していたけれど、そんなことはなかった。歯医者が一番嫌いだ。あの最強と謳われる五条悟も、歯医者は苦手かも。歯医者にも勝てる術式とか、あるのかな。反転術式で治せるもの? そんなこんな考えていたら、いつの間にか寮についていた。ほっとして、スマホのライトを消す。バッテリー残量が残り6%なのだ。早く充電したい。薄暗い廊下を駆け足で歩いた。
「ツナマヨ」 「!?」
部屋の鍵をカバンから取り出そうとした瞬間だった。見知った顔が壁の向こうからにゅっと顔を出してきて、驚き顔を顰める。と、口の中にじん、と痛みが走った。頬を押さえる沙都に、狗巻は怪訝な顔をして固まる。
「明太子?」 「……」 「しゃけしゃけ」 「……っ、……。」
どうにか痛いのだと身振り手振りで伝えると、ひょい、とスマホを見せてきた。トークを見たから知ってるよ、とのことらしい。今日はお喋りする元気がないんだけれど……とすぐに寝るジェスチャーをすると。狗巻はにやにやと笑った。昨日の任務は大変だったと聞いたが、どうやら喉の調子は良さそうだ。
「こんぶー。ツナツナ。ツナマヨ」 「……?」 「高菜。明太子」 「んー……」
今日の、昼食、おいしかった。夕食も、おいしかった。とのことらしい。なんとなく察する。この男、こっちが食事することもままならないと知って、からかいに来てるのだ。少し怒った顔をして見せると「すじこ……」とにやけるのだった。 何も話すことはありません、今日は、帰ってね。 こういうとき、言葉が発せないというのはストレスだなあと感じつつ。沙都はなんとかジェスチャーで狗巻に伝えた。少しだけ、いつもの狗巻の気持ちがわかった気がする。にやにやと煽るような笑顔を浮かべていた狗巻だったが、こちらの不機嫌を察して、首を傾げる。
「高菜……?」
だいじょうぶ? 大丈夫じゃないのだ。首をぶんぶん振って、ついでに手も振って、狗巻を置き去りに、沙都は部屋へ入るのだった。ごめんねまた今度、とラインしようとして、スマホを取り出すが。電池が切れてうんともすんとも言わないただの四角になっていた。すっかり萎えた沙都は、取り合えずコンセントにつないで、着替えもそこそこにベッドにダイブする。……
‐‐‐
「……う」
体感、2時間ほど。変な姿勢で寝てしまって、体が痛い。大きな欠伸をしかけて、すっかり忘れていた口腔奥の痛みに涙が滲んだ。これ、明日には痛みが治まってほしいけど。 寝ぼけ眼のままスマホを見ると。ラインが動いている。同期のラインと、次の任務についての連絡と、もう一つ、狗巻からのライン。
「……ふふ」
開いてみると、ラーメンやらチャーハンやら、美味しそうな写真が送られていて。突然の食テロにむかむかしながらスクロールすると「おだいじに」のスタンプが送られていた。丁度、部屋に入って直ぐの時間だ。思いの外気を立てていたので、驚いてしまったのかもしれない。まあ、たまにはお灸を据えるって意味で、いいよね……と笑いつつ、「ありがとう」のスタンプを送ると。数秒後には既読がついて、ぽこん、とまたスタンプが送られてくるのだった。かわいいキャラクターからの言葉に、ほっこりして。温かいものでも飲もうかな、と、沙都はベッドから起き上がった。
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