「きいているのか」
「あ!」

 叩かれた。説教中に、太腿を。すぱんっ、と音を立てて、じんわりと痺れが拡がっていく。存外、痛い。痛い! 正座は崩さずに、僅かに赤くなった太腿を冷たく縮まった指で擦る。あ、と阿保みたいに開いた口元にするり、伸びるは分厚い男の手だ。そのまま、ぐにっと掴まれた。

「むっ」
「――。きいているのかと、きいている」
「ひ、んん、ひーてます」
「ならわかるだろう。俺だってオマエにこんな仕打ちはしたくない」

 対面に座り、身を乗り出した男。脹相の硬い指は、私の口端を引っ張ってから離し、つついて、また引っ張ってを繰り返す。声の低さは変わりないが、いつもより細く真っ黒な目から察するに、相当怒っているようだ。タブレットは、空気を読まないでお笑い芸人の大きな笑い声を流している。どうにか消そうと手探りしていると、そっちの手まで叩かれた。

「ひ」
「話の途中だぞ」

 叩かれた手の甲に一瞬、爪を立てられる。抓るんだ、と身構えていると、武骨な指先は撫で撫でを繰り返すだけだ。来ない痛みに怯えてばかりで、抵抗する気なんて起こりもしなかった。私の手をじっと見ながら、脹相は困った顔をしていた。次はどうしてくれようか、悩んでいるようだ。この場で私を痛めつけることは、目的ではなく手段なのだろう。

「…オマエが心配で言っているのに」
「うう」
「これで何度目だ?」

 再度、口を引っ張られる。

「ごめんなふぁ、」
「何に謝っている」
「っ!」

 再び、ぺしっ、と空いた手で打たれる。逆を打たれ、左右対称に赤が入った腿に、口から涎が垂れた。恥ずかしくて情けなくて涙ぐむ。脹相は口から手を放し、近くにあったティッシュで涎を伸ばすように拭った。そしてソファからブランケットを引っ張り、一回二回折り畳むと、足全体を隠すように掛ける。

「……痛くして、すまなかった」
「ごめんなさい…」
「ああ。オマエは何にごめんなさいだ?」

 ブランケット越しに、脹相の手が太腿を行ったり来たりした。意識はしていないだろうが、これが痛みだぞ、と教え込むような動作に、涙が落ちる。

「おふろあがりに。」
「お風呂上りに」
「ぱんついちまいで、」
「そうだ、下着一枚で」
「ごめんなさい〜〜」
「反省しなさい」

 脹相は、ふわふわのパジャマを差し出すのだった。



‐‐‐



「だって寒くなくて、それに、脹相も笑ってるし、弟みたいって笑ってたし」
「何度言わせるんだ。次はないぞと言ったはずだが」
「いいかなあって」
「よくない」

 硬くて眠れやしない腕枕の上で、でもねでもねと言い訳する。
 確かに、ここ最近の自分はだらしなかっただろう。毎日風呂上りに、足を剥き出しのまま、ふらふらしていた。Tシャツにパンツ一枚で、動画を見て、寝転んで、あはあは笑っていた。脹相の家でだ。自分の家でもないのに、好き勝手し過ぎだったと思う。ごめんなさい。でもそんなに怒ると思わなくて。

「怒ると怖いんだね脹相」
「怒ると叱るは違う。風邪をひくからだめだと言いたかった」
「そう言ってくれればよかった」
「何回も言っていただろう。オマエが『風邪ひかないもん』などと可愛くいうから、少し痛い目に合わないと学習しないのか、と」
「だから叩いたの」

 誰に対してもお兄ちゃん気質なのだろう。言うことを聞かない妹に、少しのお仕置きをくれたみたいな言い草だ。脹相が鼻をすすって、それが微笑ましくてふふふと笑うと。

「ああ。あとは、」
「は、…うわっ」

 ぐい、と布団の中で脹相の腕が動く。されるがままにしていると、どうやらパジャマのズボンを脱がされるらしい。反省しきってすっかり従順な私は、腰を浮かして輪から脚を一本ずつ抜き出す。脹相の真っ黒な目を見つめる。
 布団に肌が直接触れて、ひんやりと気持ち良い。暫くしてから、脚から腿へ、脹相が冷え切った手を滑らせた。叩いた箇所を指で強く押される。

「ちょうそう、いたい」
「毒でな」
「どく」
「目に毒で」

 ちょっとした衝動だ、と脹相は言った。腕枕が丸まり始め、私の顔は自然と脹相の肩口へ埋まる。そのまま、もう片方の手は腿から尻へと移動していく。

「すこし、叩きたくなった」

 囁かれて、私の体は鳥肌が立ってから、ぴん、と突っ張っていく。固まる私を放って、脹相の手は止まらない。ああきっとこれから、痛めつけることを。手段ではなく。




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