このあいだ食べた桃のパフェはおいしかった。 すぐにでも味を思い出すことができる、それくらいおいしかった。 隣を歩く葵くんに「このあいだのパフェはおいしかったよ」と話しかける。葵くんはこのあいだ? と首を傾げた。このあいだ。このあいだ、……。 「パフェって、半年も前の、あれか」葵くんは、ひとり言みたいに答えた。そうだよ、と呑気に答えると、懐かしいなと葵くんは空をみた。私も空を見上げる。雲ひとつない、青くて寒々しくて綺麗。 駅前は混んでいる。よいしょよいしょと人にぶつからないように一生懸命歩く。葵くんの好きなタイプの女の人なら、こんな苦労は知らないだろう。でも、葵くんは、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。ちまちま歩いてくれる。
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夏をふりかえる。 京都校は東京校との交流会で、とんでもない人にこてんぱんにされてしまいました。力の差は歴然としたもので。 まあ、とにかく負けたのが残念だった。とても悔しかったので、皆黙々と任務や稽古に取り組んだ。強くなるために、次は東京校に勝つために! みんな負けず嫌いなのである。 繁忙期が少し落ち着いてから、何度かみんなでご飯を食べにいった。 葵くんは忙しそうで、いたり、いなかったりした。 桃ちゃんや真依ちゃんは、暑苦しいのはいなくていいとか言う。 「地球温暖化が加速するのよね、あーいうのがいると」 そうかなあ。 そうなの。そうだよ。 桃ちゃんと真依ちゃんは、ちょっと男子に厳しい。霞ちゃんは困った顔で、背筋をぴんとさせたまま、もりもりご飯を平らげていた。
その日は任務が早く終わったのだった。ショッピングモールの倉庫。そこに巣食う呪霊は、あまりに弱く、あっけなかった。葵くんが段違いで強かっただけかもしれない。 葵くんと一緒に任務なんて珍しかったので、前日から気合を入れていた。しかし、一級相当の呪霊によしきた、と身を構えた葵くんは、あっという間に蹴散らしてしまった。いざという時の後方支援だったけれど、なにもすることがなかった。 力不足でごめんねえと謝る。 「何も謝ることないだろう」、と葵くんは素っ気なかった。
残暑にうなりつつ、補助監督さんの車に乗って直帰しようとしていたら、葵くんがついてこいと言う。 暑い暑い、とうなりながらアスファルトの上を歩く。車で移動させてもらおうと提案すればよかった。 日差しにじりじり焼かれながら葵くんの後ろを歩く。前を行く葵くんからは、爽やかな匂いがした。私はきっと汗くさい。どこかで汗をふきたいなと思いながら歩いたのを覚えている。 着いたのはファミレスだった。葵くんはお腹がすいていたようだ。席に着く前にお手洗いに立って、汗をぬぐった。鏡の前で、軽く身なりを整える。 店は混みあっていた。ドリンクバーの前できょろきょろすれば、大きい体の葵くんはすぐに見つかった。葵くんはこちらを見て、ぱっと手をあげてくれた。
「何にする」 「どうしようかな。葵くんは」 「こないだ高田ちゃんが食べていたんだ。これだ……」 「大きいハンバーグ……」
分厚いハンバーグが、三段重ねに。目を丸くする。 食べきれないかも、と言いながらガツガツ食べ切る姿が良かったんだ、と葵くんはうっとりした目で窓の外をみた。視線の先には、幟旗が立っている。高田ちゃんだわ。極上ハンバーグ、と、極上を表しているのだろうポーズを取っている。 可愛いね。気を利かせてそう呟けば、美しい、と惚けた顔して葵くんは風にはためく高田ちゃんに夢中な様子。 メニューをぱらぱらと捲った。どうしようかな。あんまりお腹は空いていない。今のハンバーグの写真で、ご馳走さま、という気持ちになっていた。
「決まったか」 「うーん」 「ならこれにするといい」 「桃パフェ……」 「高田ちゃんがおすすめしていた。押すぞ」
有無を言わさず、ピッ、とボタンを押す。葵くんはちゃっちゃと注文して、満足そうに息をついた。
その桃パフェが、ほんとうに、ほんとうに、おいしかった。 桃のパフェは、見ているだけで喉が冷えてきて、口の中が甘くじゅわりと潤った。口に運べば、瑞々しくて、甘酸っぱくて。
「ジュースみたい……」 「なんだその感想は」
目の前の葵くんは、私と対極のものを口にしていた。口の端にソースがついてるよ、と教えてあげれば、何でもない顔して、分厚い舌でぺろりと舐めた。
「うまいか」 「美味しいよ」 「そうか。よし。もっと食え」 「うん、もっと食べる」
食べ進めながら、目の前の葵くんをちらちらと見上げた。葵くんは食事中何も話さない。言葉少なだ。フォークとナイフの使い方が上手。器用な人。 全然、暑苦しくないよ。熱い人だけど、別に、一緒にいて苦しくないよ。 「葵くん、もっと一緒にご飯行ってほしいなあ」気づいたら、口に出ていた。
「ん?」 「ご飯。最近忙しいんだろうけど、葵くん、なかなかみんなでご飯する機会なかったじゃない。私、葵くんもいるとやっぱり嬉しい」 「付き合いが悪いか」 「あ、ごめん。そういうわけじゃなくて」 「そうか。確かにまあ……。一緒に食事する機会は大切にすべきだな」 「うんうん」 「沙都、次いつ空いてる」 「えっ」
皆、いつ空いてるかな。スプーンを咥えたまま手帳を出そうとすると「はしたない」と窘められる。
「ごめん。皆いつ空いてるかチェックしとくね」 「違う。沙都だ。オマエはいつ空いてる?」 「へ」
一緒に食事したいんだろう。次の土曜とかどうだ。 葵くんは、いつの間にかぺろりと肉厚のハンバーグを平らげていた。私は葵くんとばっちり目を合わせてから、目の前の溶けかけたパフェに目を落とす。それから口に運んだ。フレークがふにゃふにゃになってきている。
「ど」 「どうだ」 「土曜は。空いてるかな……」 「決まりだな。次はもう少し落ち着いた店にしよう」
葵くんはふっと笑って、それから机の端に置かれた丸に手を伸ばした。高田ちゃんのコースターだ。
「一枚やろう」 「いいの? やったーかわいい」 「いい感性だ」
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それから葵くんとは、しょっちゅう食事を一緒にするようになった。 相変わらず、食事中、特に会話は無いけれど。変わったところといえば、葵くんの後ろじゃなくて、隣を歩くようになったことだ。
「あの桃のパフェ、食べたい」 「あれは期間限定だったからな」 「残念」 「また来年食いにいけばいいだろう」 「来年も一緒に食べいってくれるの?」 「ああ。その前に、今日はどこに行く」
風が冷たく感じる季節だ。あったかいものが食べたい。葵くんは承知、と一言、大きな手で私の腰に手を回す。びっくりして跳ね上がる。
「えっ」 「ん。ああ。車が」 「ああ。車がね」
もう、車、とっくに過ぎていったけど。 騒がしい駅前を後に、私たちはてくてく歩く。葵くんの体はあったかい。
「……やっぱ冷たいデザートもいいかも」 「腹壊すぞ」 「今あったかいから大丈夫」 「そうか?」
あったかくて心地いいから大丈夫。
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