「今の」
「はい……」
「今の男は誰だ」


 問い詰められて、ええと、と口ごもる。片手は強く握られていて、これはしくじっただろうか、と目を伏せる。
 逢魔が時。退勤した会社員が増えてきたこの時間。道の真ん中に突っ立って、通り往く人達の邪魔をしている。私だけだったら肩にぶつかられるだろうけど、目の前には長身黒髪ツインテール、鼻に墨のような模様が入った和装の男が立っている。怪しい人には近寄らない。みんな、すいすい私達のことを避けていく。
 男は、−−脹相は、少し不機嫌そうな顔をして、私のことを見下ろしている。血の繋がりのある弟のこととなると、それこそ百面相かと突っ込みたくなるけれど、普段の彼は飄々としていることが多い。そんな彼が、むすっとしている。弟達を馬鹿にされているわけでもないのに。さあどうしよう。
 返答次第では、より気を損ねてしまう気がする。嘘をついてしまおうか。邪な考えが頭を過ぎるが、それは駄目だとすぐ否定する。脹相は、私の曲がったことができない性分を好いてくれているわけで。曲がったことができないもんだから、すぐ、バレるだろうし。特に彼は察しが良いから、騙されることは無いだろう。ならせめて、と、何でもない顔を作って返答する。


「元カレです」
「元カレ……」
「元、彼氏です」


 話は十分前に遡る。

 鍋をつつこうと、虎杖くんから誘いを受けた。数時間前まで任務に出て、少し疲弊していたものの、私は鍋という言葉に、脹相は弟からの呼び出しに、胸が躍るのだった。
 今から行く、と脹相が虎杖くんへ答えると。ついでで悪いんだけどさ、と虎杖くんからおつかいを頼まれる。しょうがが切れてしまったらしい。
 補助監督さんの車から降りて、スーパーでしょうがを買ってから。近くにある雑貨屋を見ていきたい、と脹相に話す。わかった、と、店の外で腕を組む彼にごめんごめんと謝ってから、そそくさと店内に入った。

 いつもなら脹相は私の買い物に付き合ってくれる。これ面白いあれ可愛いと私が引き連れては、ほう、へえ、そうか、と返事してくれる。時々、物珍しさに目を丸くすることがあるから、脹相との買い物は好きだ。
 二人だと私がこれ見ようあれ見ようと連れまわすものだから、店にいる時間が長くなると考えたのだろう。早く虎杖くんにしょうがを届けたいんだろうなあ。我儘言ってごめんなさい。

 気になっていた新しい商品をほんの少し見てから、足早に店を出たところだった。沙都、と、聞き覚えのある声に顔を強張らせる。
 高専を卒業して一年、ぼけっとしてた間に知り合った非術師の男と少し交際して、別れた。ただそれだけ。たまたま出くわして、まさか話しかけられるなんて。仕方なく、適当に話を合わせてすぐ立ち去ろうと愛想笑いを浮かべていたのだが、タイミングが悪かった。
「おい」鋭い声に肩を揺らすと、後ろから右手を掴まれて、ぐいと引っ張られる。離れていく男は、ぽかんと口を開けて間抜けな表情をしていた。怖くて振り返れないまま、ずるずる引き摺られるようにその場を後にして、今に至る。


「ええっと。道草、遅くなってごめんなさい」早く高専戻らなきゃね、と、微笑んでみるが。
「何を話していた」話題を変えてくれる様子はない。
「……取り留めのない世間話?」
「ほう」


 ちら、と脹相を見上げる。相変わらず不機嫌そうな様子ではあるが、声音は割と優しい。早く虎杖くんに会いたいのに、悠長に話しているように映っただろうし、そりゃ苛立つよね。
 帰るぞ、と、手を引かれる。はい、と少し硬い声で返事した。手は放してくれないようだ。歩調も合わせてくれない。ううん、しくじってしまった。



 近くにあったタクシーに乗り込み、高専へついたときには既に日が暮れていた。とっぷりと夜闇が私達を包む。門を入っても、手は繋いだままだった。もしかしてこの人このまま虎杖くん達のとこ乗り込むつもりじゃなかろうか。冷やかされるのはごめんだ。手をぐ、と引っ張ってみるが、それより強い力でぐぐと掴まれて、珍しいなこんなこと、と顔を曇らせる。剣呑な雰囲気が漂う。


「遅くなっちゃって、まだ怒ってるの」
「別に怒っていない」
「ごめんってば」


 弱い灯りに照らされながら、脹相の顔を覗きこむ。真っ黒な双眸と目が合うと。脹相は、ふう、と溜息をついた。手を離して、


「穿血」
「え?」


 瞬間、大きな音が鳴り。お飾り同然の寺社仏閣の一部に、穴が開くのだった。


「な、……な、何!?」
「俺のほうが」
「いや、ええ。そ、そんな怒ってるの!?」
「聞け」
「はい」
「俺の方が強い」


 予想外の言葉と、ぱらぱらと瓦礫が落ちるのを聞いて、ええ……、と狼狽える。脹相はすっきりとした顔をして、また、私の手をとる。


「俺の方が元カレ……? より強い」
「し、知ってるよそんなの……」


 とんでもないことをしておきながら、いじらしいことを言うのだった。


「は。……はやく虎杖くんに会いたくて、怒ってたんじゃないの?」
「怒っていないと言ってるだろう」
「はあ」
「沙都が他の男に靡くのは」


 まずいと思った。
 ……よっぽど今の被害のほうがまずいと思うんですけど!
 姉妹校交流戦前、京都の東堂くんがばかすかこの辺壊したとかで伊地知さん頭抱えてたのに、またこれじゃ、困らせちゃうよ。
 なんて、考えつつ。そっか、と少しむず痒くなる。


「それってつまりやきもちじゃ」
「稚拙な表現をするな」


 呪いを振りかざすのに慣れた武骨な手が、私の手を撫でる。


「強い男じゃ満足しないか」
「……そりゃ強い男は好きだけども!」
「なら他の男に目をやるな。沙都」
「してないってば。……脹相だけだよ」


 今も、これからも。
 ならいい、と顔を綻ばせる。この男……と顔に縦線いれつつ、胸が高鳴る自分の情けなさたるや。
 何事!? と、寮から虎杖くんが駆けてくる。惚気で校舎ぶっ壊しました。あと、お鍋食べたいです。





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