「今はただ食に感謝を」
「沙都、うざ」


 店は静かだった。真人が「静かにしてくれた」のだ。個室の小さな空間で、向かい合って腰を掛ける。真人はひとーつ、ふたーつ、と、さっきまで人だったものをテーブルに置いて数えている。ごはん時にやめてよ、と言ったら、べーと舌を出された。そのままごー、ろーく、と何人も並べる。気持ち悪いし、言う事をきいてくれないので、むかむかする。ああ、早くご飯がくるといいな。


 二人っきりでお話したいなあと、私から誘ったのだった。真人はきょとんとした顔で、「別にかまわないけど……」と頬をかいた。デートのお誘いだよ、と言えば、げえっと顔を顰める。
「俺、そういう冗談嫌い」なんで?
「おもしろくないもん」そっか。残念。
「だいたい、沙都のことそーいう目で見たことないよ」振られちゃった。
「ま、たまには散歩もいいけどさあ」いこういこう。
「漏瑚ぉ! 沙都とデートしてくる」乗り気じゃん!
 今日の東京は、なんだかくさい。どこかで工事でもしているんだろうか。見渡すけれど、特にそんな様子もない。人が多いからだろうか。
 自分も人間だけど、人って、たくさん居すぎて嫌。近くのバス停は混み合っている。駅からは、鰯の大群みたいに人がどかどか流れてくる。どこを見ても人、人、人ばっかりで、わずらわしい。人混みに気が滅入りそうだけど、真人は身長が高いから、彼に合わせるように、背中をしゃんと伸ばして歩く。周りには真人が見えてないけれど、関係ない。気の持ちようなのだ。

「人って、基本は無表情で無感情だよ」と、突然真人は言った。どうして? と訊けば、
「笑ったり怒ったりしてる人って、すごく目立つし。魂の代謝がいいんだなっておもう」と答える。周りを見渡す。確かに、この街の人たちはみんな無表情だけれど。
 そうかなあ、と呟いて、真人の横をぼんやり歩く。
 つまり、それって、心がないってことかなあ。私は、心はあるけど、皆ひた隠しにして生きてるんだと思うよ。
 真人は私の話を聞いて、ふうん、と口を尖らせる。


「沙都は無表情だし、喜怒哀楽も今はないだろう。魂がそういってる」
「そうかな。どうだろう。今の気分を強いて言うなら」
「強いて、だろ?」
「……今の気分は、るんるん、かな」


 そう答えると、真人は変なの、と口を尖らせた。るんるんはこうでしょ、と、人混みをスキップして駆けていく。真人は人間のお手本だねえ、と、感心してから、後を追いかけた。


 さて、ここは私の好きな中華料理屋さんだ。中華式の豪奢な回転テーブルがお気に入りなのだ。
「でもね、二人で食べるには向いてないと思うの」おしぼりで手を拭いながら、言った。二人で食べるには、この机、大きすぎるし。いちいち回さなきゃだし。漏瑚に花御に陀艮、みんなで来ればよかったかな。
 私の言うことなど全く気にしないで、真人は「えーい」と机をぐるぐる回す。お冷がぐるぐる回る。えい、えい、えい、と、改造人間を、回るグラスに入れようと投げる。ルーレットか何かに見立てているらしい。本当によしてほしい。むかむかが積もる一方だ。
「じゃあ、皆をよぼっか?」一応話は聞いてくれていた。


「呼ばなくていいよ。今日は二人で話したい気分」
「何を話す気なのさ」
「最近真人、男の子にいれこんでて、つまらないんだもん。私にも構ってよ」
「めんどくさー」


 けたけた笑って、もう一度人間を投げた。今度はグラスに入った。ぁぁぁ、と、小さい悲鳴が聞こえる。


「そんなにあの子が面白いの」
「順平ね。面白いよ。人間っておかしい」
「私も人間だからおかしい?」
「沙都はとびぬけておかしいよ! 見てて飽きない」


 だって俺のこと好きなんでしょ、と、左右違う色した瞳で、くりくりと、私を覗きこむ。


「好きだよ。漏瑚と花御と陀艮も、好き」
「夏油は?」
「……なんか怖い」
「俺たちのことは怖くないのかよ。ウケる」
「なんでだろう。話してて、落ち着くからかな」


 そう、落ち着くの。二人きりがいいなっていうのはね、真人のことが特に好きだから言ったんだよ。
 真人はきょとんとしてから、けたけたと笑い始める。


「本当だよ! 嘘じゃないよ」
「本当だから面白いんだよ」


 どこが好きなのかとか、そういうことは聞いてくれない。呆れているんだろう。
 何だか寂しくなって、それにしてもごはんがでてこないね、と文句を言う。食に感謝を、なんて言ったのに、机の上はグラス以外空っぽだ。真人はそりゃ、出てこないでしょ。と目を丸くした。


「どうして?」
「だって全員こうなっちゃったし」


 さっきから机に並べているのは、ここの客だけでなく、店員さんもだったらしい。ええ!


「じゃあこのお店で、もうご飯食べられないの?」
「人がこんなにされて、ご不満?」
「不満だよ! 好きだったのに、ここの中華」
「沙都がにぎやかなのは好きじゃないって言ったんじゃないか」
「ごはんが無いのは嫌!」


 駄々をこねる。真人はええ、と頭をかいた。話したかっただけじゃなくて腹も減ってたんだぁ、と、今気づいたとばかりに言う。飲食店に入るってことは、お腹が空いたってことなんだよ。そう言って、膨れっ面で睨むと、はいはい、と席をたった。違う店にでも行くのだろうか。真人はそのまま私の隣に来ると、手を握って、立ち上がらせた。触れられるたびに、びくり、と体を大きく揺らす私を知っている。真人はそれを楽しみに、私に触れる。悪趣味だと思う。


「おいで沙都」
「どこ行くの」
「食べたいもの探し」


 個室を抜けて、厨房へ。手つかずの食事が残っていた。


「これ食べたい?」
「食べたいよ」
「じゃあ、貰おう」


 そんな具合で、厨房を、客席を回って、まだ手をつけられてない食事を見つけては、あれよあれよと一つの席に集めるのだった。


「これでどう? お姫さま」
「冷めてるよ」
「食べ物は人じゃないから、俺じゃあたためられないな」
「人が食べようとしていたものって、なんか、汚く感じちゃう」
「文句ばっかりの令嬢め。ほら、食べろよ」


 冷めきったエビチリに、フォークを突き立てて、私に差し出した。あーん、だ。素直に口を開けて、ぱくりと食らいつく。
 冷めてても、味が濃いから美味しい。この味が食べられなくなるのは、やっぱり悲しい。
「またどこでもつれてってあげるよ」私の魂が見えるからだろうか。真人はだるそうにそう言った。


「ほんとうに? 嬉しい」
「……沙都って、ホントに俺のこと怖くないの?」
「……怖くないよ?」
「あっはは。かわいい。沙都のこと、初めてかわいいっておもった」


 私のちっぽけな魂なんて、全部お見通しなのだろう。にやにやと微笑まれる。邪悪な人だなあ、と思う。
 でも、こうやって私の魂を真っ直ぐ見てくれるのは、真人だけ。気を取り直して、手元の箸を使ってエビチリを食べ進める。餃子は酢だけかけて、口に入れる。ここのごま団子が好きだった。厨房の冷蔵庫にでもあるかしら。頬張る私を、笑う。美味しくなれよ、と、笑っているのだろう。
 

「真人って、やなかんじ」
「ほめ言葉だね」
「そこが好きなの」
「光栄だなあ」


 私の体が変えられてしまうときが来るなら。なるべく小さく、綺麗にしてほしいな。私の魂は綺麗だったって、証明するみたいに。それで、ずっと身につけて、離さないでいてほしい。私のこと、面白かったなあって思い出して、懐かしんで慈しんで、笑ってほしい。次に手を繋がれたら、リクエストしてみようと思う。
 真人が華麗に机を回す。目の前にきた皿に箸を伸ばす。楽しいデートは始まったばかりだ。




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