「マーハ、俺にはその手を取ることはできない。俺にはあの方への忠義がある」





その言葉を境に、意識が夢殿から現へと呼び戻される。

起き上がって辺りを見回しても、あるのは混沌とした闇の中。誰かが来る気配もなく、マーハは今しがた見た夢を思い出す。


あの時の情景。あの時の言葉。それはもう忘れたはずだ。


つい、と空を見上げれば、空に浮かぶ他の惑星の輪郭が朧気ながらも僅かに窺える。
時折いっそう煌めくその輝きが、マーハに双剣の輝きを連想させた。





「………わかっていたさ」





虚しく笑い、誰ともなしに呟いた言葉は闇に呑まれ消えていく。
膝を抱え、背を丸め、マーハは震えそうな身体を隠すように腕に爪を食い込ませた。

噛み締めた唇は白くなり、目に溜めた涙をこらえ、「忘れろ」と心の中で幾度も自分を戒める。



あれはただの偶然だった。


昼と夜、光と闇。この世には相反するものがある。ロイヤルパラディンとシャドウパラディンもまた、光と闇とも言うべき一対の存在。

そして相反するそれらが諍いを起こすことは、なんら珍しいことではない。




本当に偶然だったのだ。


袂を分かち、光から離反したマーハは闇へとその身を投じた。
光の戦力を知り、尚且つ指揮を取った経験を持つマーハを誘ったのは他でもない。心の闇に身を染めあげた奈落竜。
奈落竜が集めた戦士たちはマーハの指揮の通り動き、仲間を犠牲にして勝利を掴む。

勝者こそが正義。
その信念を持つマーハが前線に立つのも、勝利の為と思えばなんら不思議はない。
かつては同士だった者を切り、剣を、手を赤く染めたマーハの目に迷いはなく、躊躇もなかった。

そのはずなのに。





「騎士王陛下の名の下。マーハ、お前を―――」


「っ、忘れてしまえ…!」





いつかは戦場で会うことも、覚悟していた。


初めは名前が似ていると、同じだと。向こうから話しかけてきた。その時はただ適当に話を聞き流して。 あぁ、勝利への駒が増えたのかと思っただけだった。

それがいまではどうだ。
ふとした時にその背中を探すようになり、双剣の煌めきに惹かれていく自分がいた。
彼は長身で、私の頭を撫でては話しかけてくれた。剣の鍛錬をしているときも、あまり得手ではない剣の相手をしてくれた。私は息を切らしているのに彼は僅かに息を上げているだけで。
負けず嫌いだと自分でも思う節がある私に嫌味ひとつ言うことなく、ただただ付き合ってくれた。


初めてだった。
こんな私に優しくしてくれた。
こんな私を気にかけてくれた。
もしかしたら、などという淡い想いを持ってしまった頃、私は戦の指揮の中で意図的に死者を出した。

それが騎士王の理想論に反するとされ、自らの部屋で謹慎を受けた。


それがなんだ。勝者こそが正義。勝たなければなにも意味がない。騎士団への不満や怒りが浮かぶ中、マーハは心のどこかで期待していた。



――――― マーハウスが会いに来てくれる、と。



実際、幾度か顔を合わせた。だがそれは食事が運ばれて来たときや窓の外で誰かと話している姿だけ。
彼が見張りの時は、彼がそこにいる。それだけで心のどこかが暖かくなった。少しだけ話せば、迷いながらも答えてくれた。


だが彼が自身の意志でマーハの部屋に、あの場所に赴いてくれることはなかった。



それを理解したのは、奈落竜の声を聞き、マーハウスと初めて会った場所で、彼と久しぶりに顔を合わせたとき。







「マーハ…? 何故、謹慎の身であるお前がここに…」

「……なぁ、マーハウス」

「部屋に戻れマーハ。他のユニットに見つかれば、謀反を起こす者として捕らえられる。送っていく、だから早く」

「共に行こう、マーハウス。いや…一緒に来て欲しい。私は、お前が……」





王宮の明かりが灯されていく。見張りの交代の隙を盗んだのがバレたのだろう。

普段は静けさに包まれた王宮が騒がしくなる。きっと他にも闇に誘われたユニットがいるのだ。奈落竜は闇に落ちたといえど、元をたどれば聖域の守護竜。光の聖騎士団の内情は知り尽くしている。そこにマーハの知略と戦術が加われば、闇の騎士団の力は脅威となる。


マーハはそのこと充分に理解していた。自分がどんな立場にあるか知った上で、彼女は闇の誘いを取った。
昼と夜、光と闇。全てに一対のものが存在するように、奈落竜の誘いを受けた自分を止めて欲しかった思いもあったのかもしれない。他でもない、マーハウスに。

だが、いまさらそんな事はできない。
闇は胎動を始めた。私はその闇で生きる。暗い底知れぬ混沌の闇の中で。



だが、マーハウス。お前がいてくれれば、私は―――。



月光が彼の双剣を照らす。
もう行かなくては、奈落竜の作り出した闇はそう長くは持たない。





「マーハ、俺にはその手を取ることはできない。俺にはあの方への忠義がある」





その時に、全て理解した。

分かっていた。彼は忠義に厚い。真実、騎士道を歩もうとしている。来るはずはないと。伸ばしたこの手を取ることはないと理解していた。





「……そうか」

「戻れ、マーハ。今ならまだ間に合う」

「何故? 私は闇の軍門に下った。我が神は光にいない」

「マーハ、」

「我が神は闇の中にある。…もう、話すことはない」

「っ、マーハ!」





もう聞きたくない、顔を見られたくない。
そんな思いを抱えて。時間がないのだと理由をつけて、私は光に背を向けた。








「漆黒の乙女」

「!…、なんだ」





追憶に馳せていた意識を呼び覚まし、声のした方向に鋭い誰何を投げる。音もなく闇にから現れたのは闇に堕ちた剣士、ブラスター・ダーク。


常に奈落竜の側近として控える近衛剣士がいったい何の用だ。


そんなマーハの鋭い視線を物ともせず、ブラスター・ダークはただ淡々と告げた。





「我らが神が呼んでいる。次の戦を始める、と」

「……奈落竜も懲りないな。兵はかなり憔悴している。犠牲になる者がいない以上、我らに勝利はない」

「お前の知略を使ってもか」

「次の戦の楔は既に打ってある。今は僅かな休息を取ることだと伝えておけ」

「……承知した」

「ついでに、お前の後ろにいる奴にも伝えておけ。捨て駒になりたくなければ妙な真似はするなとな」





現れた時と同じように闇に溶けたブラスター・ダークともう一つの影が完全に消えるまで睨み続けたマーハ。

気配が完全に消えたのを見計らって、マーハはまたついと空を見上げた。

















罪人は神様と
(漆黒を纏う乙女は、静かに頬を濡らした)





―――――――
20111213

ユニット企画『惑星』様に提出。







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