空が僅かに白み始めた頃。窓の外に見える青々とした葉は朝露に濡れ、雫が煌々と輝いている。部屋の主たるスピカはその光を受けて緩やかに瞼を押し開け、ひとつ、小さな欠伸を漏らした。まだ鳥の囀りも疎らなこの時間に目覚めてしまうのは、彼女の悪い癖だ。
「おはようございます、レティ。」
まだ夢の世界に居場所を得ている専属の少女の髪を柔く撫で、自身はベッドからするりと降りる。チチチ、聴こえた一羽の囀りが耳に優しい。
少女――レティが目覚めるまでまだ時間がある。スピカは備え付けのコンロで湯を沸かし、珈琲豆を取り出すと鼻歌交じりに豆を挽く。ほろ苦い香りが部屋に立ち込めた。
朝のこのひと時が、スピカにとって至福の時間だった。奴隷として生きることを強要された頃には味わうことのなかった嗜好品。貴族に成った記念として飲んだあの味を、忘れることなど出来るはずがなかった。
「……スピカ、おはよう。」
「ふふ、おはようございます。寝癖がついていますよ、直してらっしゃい?」
「うん。」
起き抜けで眠そうに眼を擦るレティシアを見送り、スピカは挽き終わった珈琲粉をネルフィルターへ入れる。そして専用のサーバーの上に置くと、またも鼻歌交じりでお湯を注いだ。香りが花咲くように、一気に溢れ出し、スピカの頬を綻ばせる。幸せを運ぶ香りだ。
「スピカ、直してきた。」
「はい、よく出来ました。そろそろ珈琲が入りますから、一緒に飲みましょう?」
手際よくマグカップふたつ分の珈琲を注ぎ終え、スピカは微笑んだ。いつまでも、こんな幸せが続きますようにと。