● 空虚の器
目が覚めると、そこには誰もいなかった。誰も何もなくて、自分がベッドで眠っていたことだけは、何となく分かった。ちいちゃな手、華奢な体。

「……だぁれ?」

自分は、誰なんだろう。何も思い出せない。靄が掛かったように、自分のことが、ぽっかりと。
枕元に杖が一本置いてあった。あと、手紙が一通。たった一言、さようならの文字が綴られた飾り気のない紙切れ。捨てられた、直感的にそう悟った。
眠っていた部屋を探し回り、自分の記憶の元を探す。戸棚をひっくり返し、著書らしきものを捲る。ひとつ、自分が見つかる。

「ベ……ガ…………?」

名前だ。多分、自分の。思い出せない記憶を醒ます、ひとつの鍵。それ以外には、何もなかった。強いてあげるなら、恐らく記憶を失う前の自分は研究者だったのだろう。賞状が無造作に投げ捨てられていたから。
クローゼットを開けると、白衣が吊るされている。背丈が合わないところを見ると、誰か他の人のものなのだろうか。
「ベガ」は部屋を出た。自分を探すために。閉じた扉の風圧で、ひらりと一枚の紙が舞う。


ーー不老不死に関するレポート 著・ベルガモット
2015/03/14 22:48

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