優しい木漏れ日、またいつか
▼銀の帽子
愛を伝える日。そして想いを返す日。バレンタインにホワイトデー。商店街を訪れる客もにわかに浮き足立ち、アベックは顔を突き合わせて店のショウウィンドウを覗き込んではきゃっきゃと騒いでいる。
「はー……にしてもこんなに寒いのに元気だよね。」
ジュエリーショップのカウンターから遠巻きに外を眺めて大きなため息をひとつ。昼休憩も終わり、眠い目を擦りながら銀板を削り出した。お揃いのペアリングや高価なネックレスなど、この時期は飛ぶように商品が売れていく。彼氏が少し背伸びをしていいものをプレゼントするのだろう、此方としては万々歳だが少しばかり煩いと感じてしまうのは仕方のないことだ。
「酒飲みたい……ダメだ飲もう……」
賑やかな空気に当てられ、まだ客のいない店の奥へと引っ込み一升瓶を取り出す。晩酌で飲もうと思っていたが背に腹は代えられないだろう。削って何個かのパーツになった銀細工の隣にグラスを置き、一升瓶を傾ける。 そんな時だった。からからと来客を告げるベルが鳴り、すらりと背の高い男性が扉を潜ってきた。
「あらやだお酒臭い。みなちゃん、またお昼からお酒?」 「今入れたとこだよ、フィーもタイミング悪いんだから。」
帽子屋の店主、クローフィである。優しげな笑顔を水奈吉に向け、何か品定めをするように店内をうろうろとしている。そんな彼を何となく目で追いながら、水奈吉は入れたばかりの酒を煽り、作業を再開した。バレンタイン向けにハートモチーフが着々と増えていく。
「ねーえ、今度のバレンタインフェアに向けて帽子用のアクセサリーも考えてるんだけど……」 「今年のトレンドっていうとイマイチぴんと来ないけど、やっぱりバレンタインならインカローズとかピンクの宝石じゃない?」
部品同士を溶接し、出来栄えを照明に透かしながら水奈吉は答えた。対するクローフィはうーんと両腕を組み、棚に陳列されていたイヤーカフとにらめっこを始める。
「帽子用ならあっちだけど?」 「別のものからもインスピレーションを受けたいのよ。みなちゃん、アイディアないかしら?」 「じゃあいっそバレンタインフェアでコラボでもしてみる?」
土台に石を合わせながら何の気なしに呟いた一言に、クローフィの表情がぱあっと明るくなり「それよ!」と叫び声をあげる。完全に不意打ちだったのか、声に驚いた水奈吉の手からころころと宝石が数個、机に転がり落ちた。 ずんずんと大股に近づいてくる彼の顔はいい事を思いついたと言わんばかりに輝いている。そして水奈吉の手を取るとぶんぶんとその手を振った。
「今からあたし、お店の帽子を持ってくるわ!みなちゃん、一緒にバレンタインを乗り切りましょう!!」 「はっ、えっ、さっきのあれ本気でやるの?」 「勿論よ!善は急げよー!!」
ぱっと手を離したかと思うと、今度は嵐のように去っていく。まさか本当に言ったことを実行するとは。水奈吉は小さく笑い、言いだしっぺなりの仕事をしようと心に誓うのであった。
* * * 帽子とジュエリー。 (レンタル:奏汰さん宅クローフィさん) (水奈吉/シャワーズ♂)
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