優しい木漏れ日、またいつか
▼おやすみのすごしかた。
店の軒先にぶら下げたのは「本日臨時休業」の看板。普段は仕事中に抜け出しては知人に連れ戻されるのが日常だったので、今日は堂々と休みとしたのだ。出掛け先は特に決めていないが、商店街をぶらぶらと散策しよう。 そんな風に心に決めて、水奈吉は店の鍵を閉めた。
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まず訪れたのは馴染の深い書店である。 店主であるグリドールとは商店街に店が戻り始めた頃からの付き合いで、よく話す相手でもある。扉を開けて中に入ると案の定というかいつも通りというか、平面の絵柄がふわりふわりと店内を漂っていた。
「あ、みなきちだ。いらっしゃい。」 「やっほー。」
逃げ回る絵たちを追い掛けながら、グリドールは水奈吉を見つけて挨拶する。そんな光景をいつものように眺め、店内に設えられた読書スペースに腰掛ける。毎度のことだが、この店に足を運ぶと何かしら面白いことが起こっている。店主はきっと、お疲れだろうが。
「そいつ捕まえて。みなきち武勇伝から逃げちゃった。」 「何冊目だよそれ!」
既に何回か同じ状況になったことがある。そしてなぜか毎回、水奈吉も参加しての捕獲劇になるのだ。座って眺めていよう、なんて軽率な考えは、どうやら無駄になってしまったようだった。
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軽い読み物を2冊購入し、水奈吉の足取りは軽い。無論先程のドタバタ劇で疲れてはいたものの、ジュエリーに関する雑誌を見つけて疲れも吹っ飛んでしまった。
「あれ、水底のにいやん?」
店先から声を掛けられて振り向くと、既にびりびりエリアまで足を運んでいたようだ。粉物屋店主である桜宮が鉄板の上で調理をしながら、こちらに気付いたらしい。
「さくらだ、今何時?」 「えーっと……12時過ぎやね。」 「丁度お昼かー。たこ焼きある?」
本を入れた手提げを振りながら、水奈吉はずんずんと鉄板の前に進み出る。お好み焼きを引っ繰り返しながら、桜宮はあるでーと間延びした声で返事をした。 少ししてアツアツのたこ焼きが目の前に差し出され、水奈吉は支払いをしてすぐ傍にあるスペースに腰掛けた。
「今日は飲まないんですかー?」 「あと何か所か回るからね、今は飲まないよ。」
はふはふと頬張りながら水奈吉は笑う。熱くて涙目になりながらも、やっぱりたこ焼きは絶品だった。
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たこ焼きを食べ終え、腹も満たされたところで次の目的地へ。丁度ジュエリーのデザインを描く為のスケッチブックや筆記具が無くなっていたことを思い出す。
「ここからだとジンの店が近いかな。」
同じエリア内だと移動も楽だ。お店の扉を開けると、何度か足を運んでも慣れない動く絵画たちに出迎えられる。毎度のことだが、人の気配はないのに声を掛けられると身構えていてもぎょっとしてしまうものだ。
「いらっしゃい。」 「おすすめのスケッチブックある?この前の奴だと嬉しいんだけどね。」 「前に水奈吉が買った奴ね……これかな?」
所狭しと置かれた画材を動かしながら、ジンは目当てのスケッチブックを取り出す。水奈吉の愛用しているそれである。手渡されたスケッチブックの手触りも良好で、水奈吉は満足そうに鼻を鳴らした。
「何描くの?」 「いつも通りだよ、商品の製図。」 「なら製図用の定規とかもあるけど、どう?」 「来月売上よかったら考えるよ!」
そう言うと代金を支払い、水奈吉は手を振って店を後にした。
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今まで見たことのないものへ興味を示すのは生き物の性(さが)だろう。 ひんやりエリアに向かう途中で立ち寄ったのは、電器店である。威勢のいい声で商品の説明をしているのはアニマートだ。
「精が出るねー!」 「あっ、ミナっさんだ!サボりはよくないよ!」 「今日は臨時休業ー!」
彼女の前に置かれた電化製品を客の間からしげしげと眺め、へー、と感嘆の声を漏らす。今はこのようなものが流行なのだろう。彼女の店舗は常に最新のものが溢れんばかりに並んでいるのだ。 魔法が少々知られた今でも電化製品が重宝していることに変わりはない。水奈吉も古い電化製品にお世話になりながら生活をしている。そんな生活の友に興味を示さないわけがなく、真新しい機械の様子を見た。
「また新商品出たら教えてよ、なるべく安値で!」 「正規の値段で買ってよ!」
ぐるりと一回り確認を終えて声を掛けると予想通りの答えが返ってくる。そんなこと言わないで、とけらけら笑いながら水奈吉は店を後にするのだった。
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陽も少し傾き始めた頃。 少しばかり小腹が空いたと足を運んだのは、変わり種が多すぎることで有名なアイスクリーム屋である。勿論無難なものもあるのだが、チャレンジャーは変わり種に挑み、そして散っていくのである。水奈吉も例外ではなく、何度も変わり種に挑戦しては敗北する常連なのだ。
「たのもー!」 「ああ、いらっしゃい。」
勢いをつけてきたのには理由がある。風の噂で聞きつけた新しい味の“酒粕”アイス。それをぜひとも食べたい。水奈吉の瞳は力強くショーウィンドーを見据えていた。
「水奈吉、酒粕味のことを聞きつけて来たんですか?」 「まさにぼくの為のアイスと聞いて!」 「いやそうじゃないですけどね……」
手際よくコーンに乗せられたアイス。手渡されて大きく息を吸い込み、香りを堪能する。主張し過ぎない酒の匂いが肺を満たす。幸せの香りとは正にこのことだろう。
「ああ……あたりだ……!」 「どれも俺の自慢なんですけれどね。」
さらりと失礼なことを言うも、ジェラートは穏やかな表情を崩さない。そんな彼の前で水奈吉は満足そうにアイスを食べるのだった。
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そろそろ開く頃かと時計を確認すれば、既に薬屋の開店時間は過ぎていた。 飲み過ぎに効く薬を処方してもらってからというもの、悪酔いする回数も減り――減っただけで皆無になったのではないが――最近は定期的に通うようになった。店の扉を開き店内に入ると仄暗い雰囲気の中、一人の女性が緩やかに振り向いた。
「あら……いらっしゃい。今日も飲み過ぎのお薬?」 「うん、いつものやつ。」
クローディアは優雅に微笑んで店の奥へと消えていく。待っている間はいつも暇なので、水奈吉は店内を物色していることが多い。魔法など商店街で働くまでは知らなかった世界で、まだよく分からないから怖いという面もあるものの、純粋な興味はあるのだ。 世間一般に知られている薬、どういった事態で使うのか分からない薬。水薬から飴玉のような薬まで様々。売り物故に触って確認したいとは思わないものの、どういう仕組みなのかは気になってしまう。
「不思議でしょう?」 「わっ!?」
不意に声を掛けられて我に返る。既にクローディアは戻ってきていて、カウンターにはいつもの薬が置いてあった。柔和な笑みは底が見えないような感覚すら覚える。けれど、長い付き合いだ。彼女が悪い人でないことくらいは百も承知である。
「ふふ……可愛い。お薬、10回分出しておくわね。」
袋に詰められた薬を受け取って、代金を支払う。飲み過ぎの原因は彼女が質の良い薬を用意してくれるからじゃないかな、など空しい責任転嫁をして水奈吉は手を振り、店を出た。
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陽はとっぷりと落ち、子供はそろそろ帰る時間だと空が告げる。水奈吉は子供ではないものの、休みにかこつけた酒盛りをする予定である。
「んー、フィーは誘ったら来てくれるかなー。うるは……だめだ、酔わすとろくなことがない。」
気の知れた仲間たちを指折り数えるも、明日も仕事という人が多い。無闇矢鱈に誘うのは気が引けた。それに、彼が飲み出すと日付など優に超えることは自分が一番知っている。
「コリとかせつ、今度誘ってみるかなー。あ、莉子なら蜂蜜系の酒知ってるかも!」
街灯が照らす舗装された道を、足取り軽く歩く。今度はみんなを呼んで、酒盛りでもしようと画策しながら。
* * * 水奈吉のおやすみな一日。 (レンタル:花梨さん宅グリドールさん) (レンタル:白亜さん宅桜宮さん) (レンタル:早瀬さん宅ジンさん) (レンタル:千柚さん宅アニマートさん) (レンタル:雪音さん宅ジェラートさん) (レンタル:霙原さん宅クローディアさん) (名前だけレンタル:奏汰さん宅クローフィさん) (名前だけレンタル:さあやさん宅蒲生田さん) (名前だけレンタル:凛兎さん宅コリンさん) (名前だけレンタル:ノク猫さん宅雪那さん) (名前だけレンタル:琴音さん宅莉子さん) (水奈吉/シャワーズ♂)
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