優しい木漏れ日、またいつか
▼お洒落と普通
洋装店にバレンタインは関係ない。そうタカを括っていたものの、思いの外「バレンタインデートに合う服」という注文が殺到しラウは困惑していた。何せそういった催し事に関わった記憶がなく、知識も乏しい。どうにかして知識を得なければならないと思いついたのが、本である。
「……あのさ。」 「はい。」 「立ち読みしないで買っていけば?」
休憩時間を用いて向かったのは書店【文鳥】だ。ここならば昨今のトレンドなども詳しく知ることが出来ると踏んで、雑誌を立ち読みしていた。店内に何かふわふわしたものが浮かんでいる気がするが、きっと光の屈折だろうと決め込み、また一枚ページを捲る。
「申し訳ありません、この雑誌を確認したら帰りますので。」 「いや、だからそれ商品なんだって。」 「存じております。」 「!?」
店長のグリドールはこの滅茶苦茶な来客に目を丸め、いましがたの発言に言葉を失っているようだった。何を言ってるんだこの娘は。そんな言葉が浮かび、そして大きな溜息となって消える。恐らく目的を遂行するまでは何を言っても帰らないのだろう。 仕方がなく店内の清掃を始めると、何故かじっと見られているような感覚を覚える。振り向くと雑誌を片手にじっとグリドールの姿を眺めているラウと視線がぶつかった。
「なに?」 「グリドールさんはバレンタインにデートするならば、女性の衣服を気にしますか?」 「はあ!?」
思い掛けない質問に、素っ頓狂な声が上がる。質問の意味が掴めず驚いていると、ラウは殆ど表情を変えないまま値踏みするようにグリドールの衣服を見つめ、そして「はい」と呟いた。
「いや、なにが「はい」なの。」 「勿論デートならば身嗜みに気を使うのは当然ですが、バレンタイン専用の洋装など思い浮かびません。それならばパーティーグッズを購入してコスチュームプレイを楽しんだ方が良いと思います。」 「話聞いて。」
ラウの流れるような弁論に思わず突っ込みを入れて、そうなった経緯を確認する。するとこの時期ならではの依頼が来てほとほと困り果てた、という内容を話してラウは一息ついた。 成る程とまでは言わない――ある意味営業妨害をされていて、たまったものではない――が、彼女の悩みは一理ありそうだ。確かにバレンタインやホワイトデーといった日に特別なもの、などと言われてもいまいちピンとこない。グリドールは持っていた箒で床を軽く叩きながら口を開いた。
「普通でいいんじゃないか?」 「普通。」 「うん、普通。お洒落も大事だけど、やっぱり普通が一番。」
その言葉を聞いたラウは小さな声で普通、と繰り返して目を瞬かせる。数秒間の沈黙の末、彼女は軽く頷いて手に持っていた雑誌をグリドールへと手渡した。
「お会計をお願いします。」
彼女が先程まで熱心に読み耽っていた雑誌である。表紙には大きく「バレンタイン特集!」と綴られ、可愛らしいモデル達が写っていた。 きっと店に戻っても結局はバレンタインらしいとは、を研究するのだろう。雑誌をレジへ持って歩きながら、グリドールは苦笑するのだった。
* * * 堅物店主のバレンタイン。 (レンタル:花梨さん宅グリドールさん) (ラウ/★デンチュラ♀)
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