心の声は翼に変わりあなたを包む
ネズミが連れてきたところは、高級感溢れるレストラン。 アンティークな家具に、美しい絵画、至るところに粋に活けられた花々。 出迎えた礼儀正しいウェイターに、ネズミは個室を言い付けた。
心の声は翼に変わりあなたを包む
どうぞこちらへ、と案内されたところは…さしずめ和食亭での座敷といったところか。 個室といえどもドアなどはなく開放的で、区切られた一画という感じだ。 少し離れたところでは常にウェイターが控え、フルコースの次のメニューをタイミング良く運ぶため、客の食べ進み具合を伺っている。
ネズミに手を引かれ、テーブルに座る。 すでにナイフやフォークが数本用意されていた。 二人が席に着くと、さっと前菜が運ばれてくる。
「え、ちょっと…ネズミ」 「うん?」 「た、高いでしょ、ここ…」 「は?おれの奢りだから問題ないさ。今日くらい贅沢したっていいだろ?」 「今日くらいって…今日だけじゃないじゃん。割勘って言ってるのに、きみはいつも…」 「こんなのはした金だ、ごちゃごちゃ言わない。あ、紫苑、これけっこう美味いぜ」
ネズミは上機嫌でスープを口に運んでいる。 ぼくはネズミに抗議するのを諦め、おとなしく厚意に甘えることにした。
でもやっぱり、お箸で育った日本人なぼくにはナイフとフォークの扱いは難しい。 ネズミは、お箸より随分簡単だと笑うのだけれど。
もたもたと不器用に食べながら、無性にぼくは恥ずかしくなった。
「…ねぇ、ネズミ」 「なんだ」
優雅な手つきで食べるネズミに見惚れていると、ぽろりと言葉がこぼれた。
「ネズミは、いいなあ。テーブルマナーがちゃんとしてて」 「うん?いきなりどうした?」 「いや…なんか、恥ずかしくて」 「は?」 「だって、ぼくの不器用な食べ方、見られてるし」 「え、誰に?」 「きみと…あと、ウ、ウェイターの人に…」
ぼそぼそと呟くと、ネズミは口元を手で押さえ、ぷっと吹き出す。 ぼくは羞恥心に顔が赤らむのを感じる。
「な、なんだよネズミ。ぼくは真剣に…」 「ふ、はは、分かった、分かったよ。なら、残りのメニュー、先に持ってきてもらって、立ち退いてもらおうか?」 「え、いや、そこまでは…」
慌てて止めようとしたけれど、ぼくが何も言えないうちに、ネズミはすばやくアイコンタクトでウェイターを呼び寄せ、スマートに要件を述べてデザートまで持って来させ、下がらせてしまう。
「さて、貸し切りになったところで陛下。わたくしの歌を一曲、お聴かせいたしましょう」 「え?」 「ふふっ、紫苑。テーブルマナーなんて気にするなよ。好きに食べてていいから、おれの歌、聴いてくれる?」 「ネズミ…」
ありがとう言う前に、ネズミは立ち上がり優美に一礼し、唄い出す。
目を閉じてその歌声に酔いしれながら、今までで最高と誕生日だと思った。
← | →
←novel
←top |
|