コドモはズルい


「紫苑せんせー、おはよー」
ああ、おはようネズミ君。

「あ、紫苑せんせ、ネクタイ曲がってんぜ。直してあげよっか!」
ありがとう、でも大丈夫、自分で…って、ちょっ

「ご飯くれよ紫苑ー、おれ今日メシないんだよな」
え?だめじゃないか、育ち盛りなのに!じゃあ、ぼくのあげるよ。

「せんせーもう補講の時間ー」
あーはいはい。忘れてないよ?なにも職員室まで呼びに来なくたって…。
あ、もう、ちょっとネズミ、羅史先生にガン飛ばすのやめなさい。



(無自覚なんだよ)


なんだかぼくは、厄介な黒猫に懐かれてしまったようだ。
今日も補講の時間、そいつは机を挟んで大人しく問題を解いている。
本当は頭がいいの、もう分かってるんだけどね。

だけど、いつもシャーペンを動かすことに専念してはくれない。
あ、ほら、早速シャーペンが止まった。

ネズミが顔を上げ、にやりと笑う。

「しーおーんー」
「なんだよ、解けた?」
「んー。ね、ちょっと手貸して」
「手?」

紫苑が首を傾げた隙に、もうネズミに左手を取られていた。
ネズミは紫苑の左手をしげしげと見つめる。

「…ネズミ?なに?」
「綺麗だと思って」
「は?なんて言った?」

ネズミは紫苑の手を引き寄せ、指先に軽く唇を当てる。
俯いたまま、瞳だけを紫苑に向けてネズミは艶やかに微笑んだ。

「紫苑が、綺麗だと言った」

灰色の目に吸い込まれるような錯覚を覚える。
流されないように数回、瞬きをする。
しかし、思わず飾らない本心が口をついて出る。

「何言ってるの?ネズミの方が綺麗だよ」

ぼくには、蛇がいる。髪は白髪で、目は気味の悪い紅い色。
でもきみはきっと、なめらかな肌を持っているのだろう?
少し長めの髪もつややかで、なによりその形容しがたい美貌と生命の輝きを宿した灰色の瞳。

なんて、ぼくとは正反対なんだろう。

「本当に、そう思う?」

ネズミの瞳の色が、いくぶん濃くなった。
少しも目を反らせない。
紫苑の左手を持ったまま、ネズミが立ち上がる。机をまわって、紫苑の座っている方へ来る。

「ネズ…ミ?」

ネズミはゆるく微笑み、紫苑の手を自分の方へ引き寄せる。そのまま、シャツの中へ導く。
紫苑は慌てて離れようとする。

「ちょっと、何を、ネズミ!」
「背中」
「は?」
「背中、触ってみて」
「え?」
「いいから」

静かに、ネズミが言う。
声音には、からかいの響きも妖艶さも含まれていなかった。
ぼくを騙すつもりはないようだ。

おそるおそる、ネズミの背中に触れる。

「…え」

思わず声が出た。

「ネズミ、どうしたんだ?これ…ケロイド?」
「そう」

すぐに肯定の答えが返ってきた。
クスリ、と紫苑の耳元でネズミは小さく笑う。

「ひどいだろ?まだおれが小さい頃、火事に遭ってしまってね」
「それは…お気の毒に…」
「憐れむな。憐憫なんて欲しくない。おれが欲しいのは、」

ネズミは言葉を切り、ゆっくり俯く。
灰色の瞳に捕らえられ、椅子から動くことができない。

そして、顎に手をかけられ、唇を重ねられた。


…あんたの心だよ、紫苑。



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