こっち向いてよ


「せんせー、この問題分かんない」
「はいはい、どこ?」

渡されたプリントを解いていく。
解らないと質問すれば、紫苑は丁寧に教えてくれる。

でも、それだけ?
おれの上目遣いとか、声音とか、気にならないわけ?

ネズミは、わざと長く見せつけるよう組んだ足を、いらいらと組みなおした。





「ネズミ?どうした?」
「ん…」

鼻にかかった甘い声を出して、ネズミは机に突っ伏した。

「つかれた…紫苑」
「まだだめ。あと1枚プリント解いたらね」
「…スパルタ?」
「うん?何て?」
「なんでもない」
「そう?あ、それと」

紫苑はひょいと頭を下げて、ネズミの顔を覗き込む。
ネズミはびっくりして、無意識に顎を引く。

「ぼくは先生だよ。だから呼び捨てもだめ、タメ語もだめ」

なんだ、そんなことかよ。

がっくり力が抜け、仕方なくネズミはまたシャーペンを握る。

「こら、返事は?ネズミ君」
「あーはいはい、分かりましたよ紫苑せんせ」
「返事はひとつ」
「…言うと思った。お決まりなんか言うなよ…」
「言わせる隙をつくる方が悪いんだよ。はい、続き解いて」

にこにこと楽しげに紫苑は笑う。
その屈託のない笑顔を見てネズミはため息をつきそうになり、あわてて飲み込む。

紫苑はいつもこんなふうに、誰に対しても柔和に笑っている。
誰に対しても、同じだ。全く同じ笑顔だ。

こんなの、笑顔じゃない。素顔の上に貼り付けた、ただの薄っぺらい仮面だ。

まだ、おれはだめなのか。

籠絡することにかけては自信のあるネズミだったが、今では攻略ルートを変えようかと思い始めていた。

まず、あの嘘くさい笑顔をひっぺがす事が先だな。

鉄壁の笑顔さえ崩せたら、あとはなんとでもなる気がした。

思考をめぐらせながらシャーペンを動かし、問題を解いていく。
しかし、はっと気付けばうっかり正解をプリントに書き付けてしまっていた。
後悔しても、もう遅い。

「あと一問だね、がんばれ!」

紫苑の笑顔を崩すには怒らせるのが手っ取り早い…そう思っていたのに。
問題の残りは…たったの一問。

時間がない。再び、ルート変更。
もうこの際、ストレートに紫苑を煽ってやる。

「しーおんせんせ」
「うん?」

ネズミはシャーペンをくるりと回し、唇の端を僅かに持ち上げて綺麗に笑んだ。

「先生、まだどーてい?」
「は?」
「だって、あいつが上なんでしょ」
「いきなり何の話?あいつって?」
「羅史」

ふっとネズミは声をひそめる。
いたずらっぽく目が光った。

「おれが気づかないとでも思ってるわけ?あんた羅史に処女奪われてんだろ?」
「…きみは、何を」

僅かに紫苑が眉を寄せる。
もう少しだ。

「たまにはあんたが上になってみない?」
「は?」
「おれが相手になってやろうかって言ってんの」

ネズミは、蠱惑的に微笑んだ。


(絶対に、落としてみせる…!)



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