無邪気な罠でしょ?
「紫苑先生、補講が入ってますよ」 職員室に入ると、沙布から声をかけられた。 沙布は、数学の先生だ。
「あ、はい。誰ですか?」 「えぇと、ネズミ君ね。あら、珍しい」 「え?珍しい?」 「えぇ、だって彼、テストだけは良い点数じゃない?授業は欠席ばかりなのに」
なんだって? 授業は欠席ばかりでテストの点数は良い?
「ぼくとは逆のパターンだ…」 「え?」 「ネズミ君、生物の授業は皆勤なのにテストはいつも白紙で赤点ぎりぎり…って、今回は赤点取っちゃったんだっけ」
くすくすっ、と沙布は笑う。
「そんな馬鹿な、これだけ頭の良い子が、生物が赤点だなんて」 「うん…」 「でもまぁ、しょうがないですね。はい、これ補講の日程です」
どういうことだ。 あの劣等生の面は…。
無邪気な罠でしょ? (怒らないでね)
そして放課後。教室の引き戸が開く。 ガララララッ。
「しーおんせんせ!補講よろしくお願いします!」
明るい声とともにネズミが飛び込んでくる。おどけた仕草で一礼する。
はぁ、と紫苑は眉間に指をあててため息をつく。
「その前に、ネズミ君」 「うん?」 「君、他の教科は成績良いのに、なんでぼくの教科だけ赤点オンパレードなの?」 「あらら、早くもばれちゃったか」 「やっぱりわざとだったのか!」
ガタッと紫苑は椅子を鳴らして立ち上がる。 まぁまぁ、と言いながらネズミが笑む。
「そう怒るなって」 「そんなに生物が嫌いなのか!」 「…へ?」
ネズミが目をぱちくりさせる。
「だから生物だけ勉強しないんだな!」
紫苑は拳をふるふると震わせている。
「分かった、ぼくが生物を徹底的に補講してあげよう!」 「…ふっ、はは、はははははははは」 「なんだよ、なんで笑うんだ」 「あんた、ほんとに、何なの、天然?あはは、はははは」
腹を抱えて笑うネズミに、つい、と眼鏡を押し上げて紫苑は椅子を示した。
「ほら、座りなさい。補講を始めるよ」
それでも笑いつづけるネズミに、紫苑はにっこりと天使のように笑って言った。
「笑っていられるのも今のうちだよ、ネズミ」 「は?」 「ぼくのカリキュラムは厳しいから。ね?」
ちょ、紫苑、笑顔が怖いって
ほらほら、おしゃべりしないで解きなさい
え、この問いまだ習ってな…
うん、それは予習だよ 一緒に予習しとけば授業全く聞いてなくても大丈夫でしょ?
…それ、補講じゃないだろう
意外と細かいなぁ、君って
はぁ?
でもきみ、ぼくの授業で何を聞いてたの?
ああ、紫苑先生の声を聞いてた
じゃあ、なんでこんなに赤点ばっかり?
内容じゃなくて、声音を堪能していたもので、陛下
は?
そんで、紫苑せんせに見とれてた
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