小さな開幕合図


おれの勘は、鋭い。
だから、薄々感づいていた。

あんたの笑顔の向かう先なんて、どこにもないことを。

みんな大切ってことは、誰も大切じゃないのと同じだろう?





ネズミは通学路をゆっくり歩いていた。
時刻は9時10分。完全に遅刻だ。
遅延証明書も持っていない。だったら、今さら走る必要もない。

まったく教材の入っていない、形ばかりの軽い鞄を肩に描け直し、ネズミは空を仰いだ。
朝、家を出る時には綺麗な青空だったのに、今は灰色に翳ってきている。

これは…降るな。

鞄の中身を思い返す。財布と鍵しか入っていない。
ちっ、と思わず舌打ちをしていた。

この学校、駅から微妙に遠いんだよな…。
全力疾走しても、駅に着く頃にはびしょ濡れになってしまうだろう。

今のうちに駅へ引き返して、傘…買っておこうか。
踵を返しかけるが、蒸し暑さに疲弊した体が反抗するかのように、足は勝手に前へ進む。

視線を落とし、腕時計を見る。9時13分。
二限目が始まるのは、9時30分。
今から引き返したんじゃ、間に合わない。
ま、いっか。傘くらい。二限目は生物…紫苑の授業だし。
それだけは今のところ皆勤だし。

「…にしても暑いな、今日は」

一人で呟く。つきたくもない溜め息が勝手にこぼれた。

晩夏の空気は、湿気をはらんで肌にまとわりつく。
鬱陶しく垂れてきた前髪をかきあげ、ふと顔を上げると車が校門に横付けされるのが見えた。
ネズミは眉をきつく寄せる。

あの黒光りする高級車…羅史の車だ。

案の定、運転席から羅史が降りてくる。続いて、助手席のドアも開く。

同乗者は誰だ。
…まさか。
嫌な予感がする。

羅史は助手席の方へ回って、降車に手を貸す。
助手席から羅史に気遣われながら降りてきたのは、…紫苑。
腰をかばっている。

ネズミの足は、あまりの不愉快さに重くなった。

もちろん、気付いていたさ、気付かない方がおかしいだろう?
羅史が紫苑に気があること、それから二人に関係があること。
でも天然で鈍感な紫苑はおそらく、羅史の想いには気付いてはいない。
紫苑の方に気がないなら、つけ入る隙はある。

おれの手にかかって落ちない奴がいるわけ?

皮肉な笑みを口元に浮かべ、得意のポーカーフェイスを決め込み、ネズミは足を進めた。


君、また遅刻かい?単位大丈夫なの?

心配してくれてありがとう、紫苑せんせ。でもおれ、先生の腰の方が心配なんだけど。

は?

夜遊びもほどほどにしないと。ね?

…それを、君が言うか?

ネ・ズ・ミ
君、じゃない。先生のくせに、生徒をちゃんと名前で呼ばないのってどうなの、紫苑先生?

じゃあ君も敬語使いなよ、ぼくは先生なんだろ?

いーやーだ




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