小春日和のお散歩


!)大正時代パロです。


洋装の多くなった都会の街並みを、紫苑はのんびりと歩いていた。
紫苑自身も、陸軍の軍服を模した折襟の学生服を着ている。
学校から帰る途中だったが、なんとなくまっすぐ帰る気になれず、少し遠回りしているところだった。





ふと顔を上げると見覚えのあるセーラー服が見えた。
女学生の方の制服は、海軍の軍服を模して、動きやすいセーラーと、運動着にもなるプリーツスカートが最近学校で採用され始めていた。
数年前の関東大震災で、動きにくい和装の女性が多数逃げ遅れたこともあり、「女性の洋装化」がすすめられた。

「こんにちは、紫苑」

そのセーラー服を着た少女は、涼やかな声で紫苑に声をかけた。

「沙布。久しぶりだね」

笑ってそう答えると、沙布もにっこりと破顔し、紫苑の隣に並ぶ。

「そうね。あなたがこの道を通るなんて、珍しいわね。帰り道じゃないでしょう?」
「うん、少し散歩でもしようかなって。それと…」
「それと?」

うーん、と紫苑は少し言いよどむ。

「噂があってさ」
「噂?なんの?」
「とっても綺麗な唄を歌う人がいるらしくて…聴いてみたいなって」
「あら、知ってるわよ、それ。連れて行ってあげましょうか?」
「え?」
「今ならちょうど、『彼』はいつもの場所で歌っているはずよ。行くなら早く行きましょ」
「え、あ、うん」

沙布は紫苑の手を取り、小走りで器用に人波を潜り抜ける。

「ほら紫苑、あそこよ」

沙布が指差す方向に、ちょっとした人だかりができていた。

そして美しい歌が、聞こえた。
歌っている人の姿は人垣に阻まれて見えない。

流れろ、流れろ、愛する川よ!
私が朗らかになることは決してない。
戯れも接吻も誠実も、
ざわめき消えてしまったからだ。
だが、かけがえのない想い出を、
一度は私も持っていたのだ!
どんなに苦しい時が来ても
決して忘れることのない想い出を!

ざわめき流れろ、川よ、谷沿いに、休みも憩いもなく、
ざわめき流れろ、私の歌に添えてメロディーをささやけ、
おまえが冬の夜 猛りつつ増水する時に、
あるいは若々しい蕾が作り出す春の輝きをめぐってたぎる時に。

幸いなるかな、憎しみをもたず
世間から身を隠し、
一人の友を胸に抱き
その友とふたりして
人に知られることもなく、
人に心配されることもなく、
胸の迷宮の中を真夜中に
通りぬけるものを楽しむ人は。


ぱらぱらと拍手が起き、聴いていた人々は徐々に掃けていった。
人だかりが退くのをしばらく待っていると、歌っていた人が見えるようになった。
人形のように整った中性的な風貌で、優雅に着流しを着て、その上から西洋風のマフラーを違和感なくお洒落に巻いている。
紫苑が眺めていると、視線に気付いたのか、彼は顔を上げた。
不思議な輝きを宿した灰色の瞳と目が合う。

「…なに?」

小首を傾げて微笑み、彼は綺麗な声で言った。
だが紫苑は灰色の瞳に捉えられ、声が出ない。
呆然として答えもしない紫苑の学ランの袖を、沙布が引っ張る。

「ちょっと、紫苑」
「え?」

くすっ。
彼が笑う。沙布は居心地が悪そうに、もう一度紫苑の袖を引く。

「あんた、天然だな。紫苑って名前なんだ?」
「きみは」
「うん?」
「なんて、いうの?名前」
「ネズミ」

えっ、と沙布が声をあげた。
ネズミ、と名乗った彼は、沙布の方に顔を向ける。

「あなた、イヴと呼ばれていたでしょう?」
「これはこれはレディ、失礼いたしました。イヴは芸名。ところで貴女のお名前をおうかがいしても?」
「沙布よ」
「そう」

すっ、と二つの名を持つ少年は右手を差し出す。
戸惑う紫苑と沙布に、ネズミは優雅に笑った。

「西洋風の挨拶の仕方だぜ。ほら、握手」

おずおずと手を出し、握手をする。

「それではまた、どこかでお会いできることを祈って。ごきげんよう」

ネズミは満足げに微笑むとひらりと手を振り、不思議な空気を残して去っていった。

「…ネズミ」
紫苑は小さく、口の中で彼の名前を呟いた。



34443hit、大正時代パロというリクエストでした。
遅くなって申し訳ありませんでしたーっm(__)m
ひたすらお詫び申しあげます。
そして、ヤマもオチもない妙な話になってすみません!
はじめは、原敬暗殺とか亀戸事件とか関東大震災とか大正デモクラシーとか…いろいろ考えてたんですが、調べていったらとても私の手に負えない題材でしたので断念いたしました。

なので今回は、大正時代の
「制服が登場した時代」
「昭和時代に芸能界として発展する歌手のルートは大正時代」
という観点に絞って書かせていただきました。

ネズミは芸能人の卵です!
きっと昭和時代に芸能デビューして有名人になって、紫苑の方は政治家になって(だって、大正時代に制服が着れるなんて超エリートですから)、そこで違う世界に進んだ二人は再会し…って展開になるのかなと(それを書けよって感じですねごめんなさい)

こんな駄文ですが、受け取っていただけますとありがたいですm(__)m

あと、歌詞は「シューベルト歌曲選集1」原田茂生編著、石井不二雄歌詞校訂・対訳、教芸社から出版されている楽譜より引用させていただきました。
原詩はゲーテです。
1節と2節を省略したので、以下に上げておきます。

あなたはふたたび茂みや谷を
静かにおぼろな光で満たし、
ついには私の心までも
完全に解き放って下さいます。
心なぐさめる眼差しを
私のいる場所一帯に拡げて下さいます、
友の目がやさしく
私の運命を見守ってくれるように。

楽しい時と悲しい時のあらゆる余韻を
私の心は感じとり、
私は喜びと苦しみのさ中を
ただ一人歩みます。



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