独占欲は愛情です


君の帰りが遅いとき、イライラする。
しかも最近、君は女の匂いを纏って帰ってくるようになった。
超繊維布に染み付いた、きつい香水の匂いが部屋中に充満する。
地下室には窓がないから、その匂いはなかなか薄まらず、部屋の空気にとどまる。

ぼくのいない所で、君は何をしているの?
他の人なんか見ないで。
ねぇ、ぼくだけを見ていてよ。





芝居がお開きになると、イヴは素早く衣装を脱ぎ化粧を落としてネズミに戻る。
ファンに「イヴ」だということがバレないよう超繊維布を頭から深く被り、客たちに紛れて劇場を出る。

「ねぇ、イヴ」

耳元で、甘ったるい不快な女の声がした。
ちっ、と小さく舌打ちをする。

また、見つかっちまった。

女は口紅を艶やかに塗った赤い唇を笑みの形に歪め、腕を絡めてネズミを雑踏から引きずり出す。
そのまま人気のない路地裏に引っ張り込む。

「ほら、こっちへ来て、イヴ。いや、ネズミさん?」
「…調子に乗ってもらっちゃ困るな」

絡みつく女の腕を振り払い凄んで見せても、女は艶然と微笑むだけ。

「おやおや、そんな口をきいていいのかい。白髪のぼうやがどうなっても知らないよ?」

ネズミは動きを止める。
女はにんまりと笑い、ネズミの頬を両手で挟んで顔を近づける。
互いの息と息が混じる距離で、女は囁く。

「私は見てしまったんだよ、ぼうやがお家に帰るところを。だから、おまえたちの隠れ家を私は知っている。ぼうやが、お家に一人でいる時間も知っているよ…イヴが舞台に立っている時だ。もし、哀れな女が怪我したと助けを請えば、きっとぼうやは扉を開ける…あの地下室のね。そう、そして…そこへ私が片付け屋を呼んだら…どうなるだろうね?」

くっ、と息を詰める。
これでは、いつものパターンだ。
女の言葉は少しずつ真実を織り交ぜた抽象的なもので、女が全てを知った上で脅しているのか、はったりをかましているのか、判断がつかない。
半端に問い返すのも、危険だ。
ネズミの反撃する隙はない。
しかも、この場を逃げおおせるだけではすまないのだ。

体を硬くして睨み付けるネズミに、女は豊かな胸を押し付けながら抱き締める。

「なにも、怖がることはないんだよ?イヴ、あんたが私と寝てくれたら、ぼうやはそっとしておいてあげる。大事な大事なぼうやなんだろう?」

女は唇をつり上げて笑った。




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