02


無情にも鳴り響くチャイムの音を聞き、紫苑は走るのを諦め、目を閉じ空を仰いだ。
酸素を求めて痛む肺を押さえ、大きく息を吸い込む。数回深呼吸を繰り返し、何気なしに目を開けてみた。
一瞬、太陽の光が目を灼いたが、何度か瞬きをするうちに光に慣れる。
気まぐれに空をゆらゆらと泳ぐ雲を、ぼんやり眺める。その雲が流れていく先を視線で追いかけていくと、目の端に人影が映った。

人影?

不審に思って、そちらに首をめぐらせる。屋上からこちらを見下ろすその顔を見て、はっと息がつまった。

…ネズミ?

クラスで異彩を放つネズミを真正面から正視したのは、これが初めてだった。
直視すればこちらが恥ずかしくなってしまうほどに美しい彼。高い鼻梁、筆で描いたような繊細な柳眉、その下でひときわ耀く灰色の双眸に見つめられ、どきりと胸が高鳴った。

ネズミはいつも、教室で超然としていた。休み時間は、背筋のすっと伸びた綺麗な姿勢で彫像のように静かに本を読むか、絵画に描かれているような美しい横顔を見せてうたた寝しているか、そのどちらかだった。
彼に友人はいなかった。美しすぎる彼に話しかけるには、どうしても気後れがしてしまう。それが出来るほど自信過剰な者も、鈍感な者もこのクラスには皆無で、ご多分に漏れず紫苑もそうだった。

紫苑は、美しいネズミを眺めるだけで満足していた。彼がいるだけで、その景色は一幅の絵になった。

だが今、紫苑は横顔を見るばかりだったネズミの顔を、正面から見つめている。
時間にすればたったの数秒だっただろう。しかし紫苑にしてみれば、その数秒間は今まで生きてきた16年間全てを合わせたよりも価値のある、凝縮されたものだった。

柔らかな風が吹き、ネズミの髪を揺らす。
呆然とそれを眺め、ふいに紫苑の背中が凍った。びくりと肩が震える。
ふっ、とネズミが風に飛ばされてしまいそうな錯覚を覚えてしまったのだ。
目を見開き、彼の表情を凝視する。

どきりとした。
あまりに整いすぎていて、それが故にあまりに無感動な…生きることに飽いたような、そんな表情。

飛び降りてしまう。

咄嗟にそう思った。
ネズミが、屋上から飛び降りてしまう。あの高さから落ちたら、死んでしまう。だめだ、ぼくでは受け止められない。

いろんな思考がめまぐるしく脳内を駆け回る。

止めなければ。

紫苑は屋上に向かって、再び走り出した。


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